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共同論考「緊急提言:そろそろポスト・コロナの財政、税制、社会保障の議論を」最終回
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共同論考「緊急提言:そろそろポスト・コロナの財政、税制、社会保障の議論を」最終回

February 2, 2021

前書き なぜ今、緊急提言が必要か
1. 非常時と平時の財政を分ける:新型コロナ対策特別会計創設の提言
2. 財政依存からの脱却:「低金利のわな」を打開する政策
3. 医療版マクロ経済スライド
4. 社会保障の「支え手」をどう増やすか
5. 給与情報を迅速かつ正確に把握する行政インフラ整備
6. マイナポータルを活用しフリーランスのセーフティネットを

5. 給与情報を迅速かつ正確に把握する行政インフラ整備

国民一人ひとりの給与情報の正確かつ迅速な把握に向けて、国税庁、地方自治体、日本年金機構の3つの行政機関横断的なインフラ整備が不可欠である。キーポイントは、リアルタイム、ワンスオンリー、包括的、名寄せである。それは、課税強化を主眼としたものではない。インフラ整備により、真に経済的困窮に陥っている人を対象としたスピーディーで十分な支援、複数事業所勤務、副業・兼業など働き方の多様化が一段と進むなかでの社会保険の適正な適用など大きなメリットが期待出来る。

事業主から行政機関に従業員の情報が報告される経路と時点の現状

現在、事業主から3つの行政機関に対し従業員の給与情報が報告される経路と現状はおおまかには、次のようになっている(図表:上段)。なお、キャッシュの流れと情報の流れは別であることに留意する必要がある。

まず、源泉所得税については、事業主は、従業員1人ごとの給与情報に関してはT年計の情報をT+1年1月になってから源泉徴収票として国税庁に報告する。報告対象は、500万円超の給与に限定される。住民税についても、同様のスケジュールのもと、給与支払報告書として市町村に報告される。全ての給与が報告対象となる。さらに、社会保険料については、46月の平均値が標準報酬算定基礎届として日本年金機構に報告される。対象は、事業主から常用雇用者として認められ、あらかじめ「被保険者資格取得届」が機構あて提出されている従業員に限られる。

こうした現状の特徴は、主に次の3点にまとめられる。1つめは、事業主は、給与情報を異なる3つの行政機関に報告しており、事業主側および行政側に事務の重複が生じていることである。2つめは、最も包括的な情報を持っているのは市町村であり、国税庁と日本年金機構の持っている情報には欠落が生じていることである。3つめは、いずれの行政機関も持っている情報が古いことである。

 
(図表)事業主から行政機関に従業員の給与情報が報告される経路と時点-現状と提言-

(出所)西沢和彦

提言-リアルタイム、ワンスオンリー、包括的、名寄せ

本研究会の提言では、リアルタイム、ワンスオンリー、包括的、名寄せをキーワードに、こうした現状を次のように改める(図表:下段)。すなわち、事業主は、給与が支払われる都度(リアルタイム)、従業員1人ひとりの給与情報をその金額にかかわらず1つの行政機関に報告する(ワンスオンリー、包括的)。リアルタイムでの報告は、賞与に関し、事業主から日本年金機構に対して既に行われている(図表に示してはいない)。

今後一段の増加が見込まれる複数事業所での勤務者については、行政機関の側で名寄せする。国税庁、市町村、日本年金機構は、個別に給与情報を収集することをせず、クラウドなどに保管された情報を取りに行く。

そのメリット

そのメリットは大きく、次のように整理出来る。

(1)家計に対する経済支援の迅速な提供

まず、経済的困窮に陥った家計に対し、迅速かつ効率的な支援提供の道が拓ける。この点、コロナ禍において、全国民を対象に、すなわち真に支援が必要な家計へ絞り込むことをせず、1人一律10万円の定額給付金というスキームにならざるをえなかった経験からの教訓である。

当初スキームでは、対象の絞り込みが想定され、とは言っても、行政の側から給付対象者の抽出をするのではなく、急激な収入減少に見舞われた家計が、その旨を給与明細などの証明書類とともに市町村に自己申告するというものであった(202043日時点)。この当初スキームの問題点は、急激な収入減少を確認する有効な手立てが市町村側にはなく(20201月に入り集まってきたのは2019年分の情報に過ぎない)、自己申告に大きく依存しなければならないことにある。依存度が高いほど、書類審査には慎重さが求められ、すると、給付が遅くなる。

それに対し、本研究会の提言するスキームであれば、行政の側から対象者を絞り込み、迅速に経済支援の提供が可能となる。

(2)働き方が多様化するなか被用者保険への加入徹底

被用者保険(厚生年金保険および協会けんぽ・組合健保)の適用徹底が可能となる。現在、複数事業所勤務者にとって、被用者保険加入の障壁が高い。それは、おおまかにいえば、1つの事業所において月額給与88,000円以上であることが加入要件となっているためである。よって、2つの事業所に勤務し、いずれかの事業所からの給与が88,000円を下回れば、合計して88,000円以上になったとしても被用者保険に加入することができない。働き方が多様化し、副業・兼業が推奨されているもと、被用者保険の仕組みは著しく後れを取っている。

本研究会の提言するスキームであれば、複数事業所勤務者であっても合計の月額給与88,000円以上であれば被用者保険に加入することが可能となる。副業・兼業の収入も、現在の仕組みのままであれば、社会保険料の賦課対象(課税ベース)から外れてしまうが、本研究会のスキームであれば、それを防ぐことができ、社会保険財政への寄与が期待できる。

(3)事務負担におけるメリットと課題

事務負担面において、事業主の側に、給与情報を3つの行政機関にそれぞれ報告していたものが、1つの行政窓口への報告で済むようになる。もっとも、その頻度は毎月となる点は、課題となる。この点、菅義偉政権においては、デジタル化と行政改革が政策の柱となっており、これらの活用での克服が期待される。

6. マイナポータルを活用しフリーランスのセーフティネットを

政策提言

菅内閣の下で、マイナンバー制度を活用したデジタル・ガバメントの構築が進んでいる。マイナンバー制度の正式名称は社会保障・税番号で、導入の趣旨は、公平な課税と効果的・効率的な社会保障の提供、つまり正確な所得を把握し、社会保障の必要な者に効果的・効率的な給付を行うことである。マイナンバーやデジタル・ガバメントは、あくまでそのための手段に過ぎない。

働き方改革やコロナ禍で、フリーランス、ギグ・ワーカーが増加しているが、彼ら・彼女らへのセーフティーネットの構築は遅れており、放置すれば格差・分断を招くので対応を急ぐ必要がある。カギを握るのは、マイナンバーカードを活用して国民全員に開設されたマイナポータルである。ここにフリーランスの収入情報や契約情報を集約させて、収入を安定させる社会保障制度を構築し、トラブルを防ぐ仕組みもできる。デジタル・セーフティーネットの構築といえよう。

具体的内容

コロナ禍を機に、菅新政権の下でデジタル基盤構築やマイナンバーカードの普及促進策などデジタル・ガバメントに向けての検討が進められている。デジタル・ガバメントは、IT時代の行政サービスを効率的に進めるために不可欠なものだが、あくまで「手段」にすぎない。20161月から始まったマイナンバー(社会保障・税番号)制度の目的は、公平な課税(正確な所得把握)と、それを基に構築される効果的・効率的な社会保障制度である。この原点に立ち返って、デジタル時代のセーフティーネットを取り上げてみたい。

働き方改革やコロナ禍で、ネット上のプラットフォームを介して、単発の契約で労務やスキルを提供して所得を得るギグ・ワーカーが増加し、ギグ・エコノミーが広がっている。終身雇用と年功序列賃金という日本型雇用慣行を改める新たなライフスタイルとして、経済活性化の見地からも期待されている。

一方で、ギグ・ワーカーなどフリーランスの所得は一般的に不安定で、自ら受け取る収入の管理・記帳が十分でなく、コロナ禍での持続化給付金の申請に手間取るなどの問題が指摘され、さらには発注先との契約トラブルも多い。また労働法制上の「労働者」に当たらず「個人事業者」なので、労働法制上のさまざまなセーフティーネットから抜け落ちることになる。

代表例としてオンライン飲食配達代行サービスを取り上げると、配達人は業務内容や進め方についてプラットフォーム企業からさまざまな指示を受けるなど「労働者」と同じような働き方をしているにもかかわらず、「個人事業者(自営業者)」となるので、様々なセーフティーネットから抜け落ちてしまう。

彼らのセーフティーネットを考えるには、その収入を正確に把握する必要がある。そのためには、発注主や契約を仲介するプラットフォーム企業から、労務を提供する者のマイナポータルに収入情報の提供を行わせるようにすることが、正確で効率的な収入の把握につながる。ポータルは、e-Taxと連携しているので、個人事業者はその情報を税務申告につなげることができ、また持続化給付金の申請などにも役立つことになる。

さらには収入情報を基に、欧米で導入されているような給付と税額控除を組み合わせた制度を構築することによって、フリーランスの不安定な収入を緩和させることが可能になる。

米国では、貧困ラインを下回る納税者には、所得に応じて勤労税額控除という減税・給付が与えられる。英国では、あらゆる社会保障給付と税負担が一体的にとらえられ、勤労インセンティブを高めるため勤労に応じて給付が増加するユニバーサル・クレディット制度がある。類似の制度は、オランダ、スウェーデンなど広く欧州諸国や韓国に存在し、低所得者の勤労意欲を高めるとともに、貴重なセーフティーネットとなっている。

また、フリーランスの契約を巡るトラブルは、契約が文書化されていないことや重要な事項が明示されていないことなどから生じる。そこで、契約内容をマイナポータルに登録させることによって、トラブルの際のリスクを軽減させることができる。

最後に、財源の問題を考える必要がある。仲介型のプラットフォーマーは、労務提供者(例えば配達人)の社会保険料負担を免れているので、彼らに一定の負担を求めることは決しておかしくない。参考になるのはドイツの芸術家基金である。音楽家、画家、ダンサー、ジャーナリストなどが加入する芸術家基金では、芸術家個人が5 割、芸術家に委託等をしている企業が3 割、連邦政府が2 割を負担して、コロナ禍で職を失ったり収入が激減した人たちのセーフティーネットを構築している。このように、フリーランス(個人事業主)と国、関係企業(仲介プラットフォーム企業など)が財源を分担する基金を創設するという考え方は、わが国でも大いに参考にすべきだ。

デジタルエコノミーの下で、マイナポータルの機能を活用して、働き方改革などで増えているフリーランスのセーフティーネットをデジタル・セーフティーネットとして考えていく必要がある。

 

(図表)マイナポータルを活用したデジタル・セーフティーネット

(出所)森信茂樹 マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ第1回提出資料(2020.6.23

 

以上


共同論考(緊急提言)参加者 ※順不同
森信茂樹 東京財団政策研究所研究主幹(とりまとめ責任者)
土居丈朗 慶応義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所上席研究員
佐藤主光 一橋大学国際・公共政策研究部教授・東京財団政策研究所上席研究員
小黒一正 法政大学経済学部教授
小塩隆士 一橋大学経済研究所教授
西沢和彦 日本総合研究所調査部主席研究員

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