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人口減少時代の都市デザイン:北米の衰退工業都市の事例から

November 26, 2018

オハイオ州クリーブランド市での空き家撤去の様子                   写真提供 Getty Images 

矢吹剣一

東京大学大学院都市工学専攻特任研究員

はじめに

近年、少子高齢化と人口減少、空き家・空き地問題、そして所有者不明土地の増大の問題は社会問題として認知されつつある。筆者が専門とする都市計画の観点から言えば、そうした遊休地(あるいは荒廃地)が発生させる外部不経済の問題に対処し住環境を維持しながら、都市全体を持続可能な構造へ誘導してくことが求められている。

都市計画マスタープランの高度化版と位置づけられる立地適正化計画はあくまでも誘導策であり、より実効性のある都市再編策も考える必要があるだろう。

また、空き家対策も老朽危険度に基づく対応(除却等)はもちろん重要であるが、人口減少に伴い税収も減少し、他方、空き家・空き地は増加するため、限られた財源の中での効果的な対策も検討する必要があるだろう。例えば、空き家が立地するエリア全体の構想を踏まえて跡地の活用方針を考えるなど、地区等の面的な単位での土地利用転換を図るような大胆な方策も検討に値するものと考えられる。 

深刻な人口減少に瀕した米国五大湖周辺の衰退工業都市の近年の取り組み

米国の五大湖周辺の都市は製造業を中心として20世紀中盤に隆盛を極めた。しかし、産業構造の転換や国際競争の激化等により人口が減少に転じたのち、半世紀近く人口減少に直面している都市も珍しくない。

そうした深刻な人口減少に初めて正面から向き合った計画が2005年にオハイオ州ヤングスタウン市で策定された総合計画(マスタープラン)「ヤングスタウン2010」である。当該計画は「ヤングスタウンが小さい都市であることを受け入れる」ことをコンセプトの一つに掲げ、米国で初めて「規模適正化(right sizing) 」を標榜した都市として世界的な注目を集めた。この計画内の土地利用計画では、住宅地区を30パーセント(%)削減し、商業地区を16%削減し、軽・重工業地区を緑豊かな環境負荷の小さい産業用地「インダストリアル・グリーン(IG)」に転換する構想が打ち出されている(IG地区は実際に2013年に用途地域として法定化された)。

その後、オハイオ州クリーブランド市(2007年)、ミシガン州サギノー市(2011年)、デトロイト市(2012年)[1]、フリント市(2013年)、ポンティアック市(2014年に2008年の策定したマスタープランの改訂版が発表された)と、マスタープランの改訂が実施されており、人口減少に対応する土地利用計画が進んでいる[2]

この改訂の背景には、2007年以降の住宅バブル崩壊と金融危機の影響がある。サブプライムローン問題に端を発する差押え不動産の増加と崩壊した住宅市場の是正のため、連邦政府が空き家の除却や空き地や近隣地区の安定化のための資金拠出を実施したがため、そうした荒廃地対策や都市計画の見直しが進展した。ミシガン州の場合は自治体にマスタープランの策定を義務付けるなど都市全体の包括的な計画の立案が推進された。なお、米国の場合は用途地域を各自治体で策定することが可能であり(授権法による)、用途地域が全国一律な日本とは根本的に法制度が異なる点は注意されたい。

各都市で実施されている土地利用計画の改訂の特徴を挙げる。まず、住宅地区の見直しである。各都市では人口減少に伴い増加した空き家・空き地の分布状況や住宅地としての市場性を調査し、①そのまま居住地区として維持する地区、②空き地をコミュニティガーデン等として利用して緑豊かな住宅地として再生する地区、③ランドバンク等により空き地の区画統合を進め経済開発用地などに土地利用転換を図る地区、というように空洞化の状況等に応じおおむね2〜3種類の居住地区を設定し直している。つまり、人口が少ない状況でも土地が維持管理されるよう住宅地の密度配分を再調整し、全体として「低密度化」を図りながら、空洞化が激しい地区は土地利用転換を図る方針であることが指摘できる。

ただしこの場合、人口密度が低い居住地からより密度が高い地区へ住民を移住させるような手法は取られていない(空洞化が深刻な地区でも継続的な居住は可能である)。これは、20世紀後半に各都市で実施された都市更新(アーバンリニューアル)により、住民の強制移住が実施されてきた歴史があるため、そうした手法を繰り返さないという反省によるところが大きい。

なお、サギノー市のグリーン・リザーブ・オポチュニティ(Green Reserve Opportunity : GRO)地区やフリント市のグリーン・イノベーション(Green Innovation: GI)地区に関しては、経済開発用地にも自然的土地利用にも転換できる「可変性(flexibility: 変化の余地)」を帯びた土地利用が計画されていることが把握できる。人口減少下の不確実性(人口動態、住宅市場、技術革新など)に対応するために、土地利用計画の中に変化する余地を残しているのである。

 

  GI地区の空間像(フリント市のマスタープランp.73に筆者加筆)         出所:“A Master Plan for a Sustainable Flint”

また、各都市の計画では、産業用地は重工業用地や軽工業用地の需要の低下から、先端産業やグリーンビジネスなど、新たな産業のための用地として転換・活用していくことを目指している。なお災害の危険性が高い地区では、空き地(宅地)をオープンスペースとして存置し防災性を高めるような取り組みも見られる。

なお、ヤングスタウン市、クリーブランド市、フリント市では土地利用規制(ゾーニング)の改訂も実施されており、居住地区の見直しに伴い都市農業に対する規制も緩和されるなどしている。

デトロイト市における都市農業の様子(2018年9月、筆者撮影)

住民の生活の質を支える草の根活動

一方で、都市計画を改訂してもそれ自体で土地利用転換が進むわけではない。つまり何らかの実践主体が存在し、土地利用転換を進める活動を実施する。その筆頭に挙げられるのがランドバンクである[3]。ランドバンクは税滞納により差押えられた土地を再市場化する組織であり、公的な性格をもつことから行政で策定した土地利用計画の実現のための実践主体として期待されている。ただし、ランドバンクが膨大な数の物件を抱える場合、個々の物件の処分では効率的な土地利用に結びつきにくいため、新たな土地利用計画と連動した物件売却が近年重視されつつある。実際にフリント市ではマスタープランの土地利用計画と物件の処分の連携が行われている。

また米国の場合はCDCs(コミュニティ開発会社)や慈善財団の活動が活発であり、こうした中間的な組織が住民による土地の管理(草刈り等)や都市農業の実践などを支えている。CDCsにおいては連邦政府や慈善財団からの資金援助が重要な活動原資になっている。

また地域の教会組織も、コミュニティの安定化の中心として重要な役割を果たしている。人口減少都市の、特に空洞化した地区では、空き地の手入れをする人も不足しており、コミュニティが弱体化している場合が多く管理が行き届いていない。前述の中間的な組織が住民をサポートすることで地区の安定化を実施することが可能になる。

米国と日本の土地の管理に関する大きな差異としては、この中間的組織の存在が挙げられる。行政の計画と住民のニーズに橋渡しをしてくれるこうした組織をしっかり準備し、金銭的にも十分バックアップすることが、土地の安定化や長期的な土地利用転換を図る上で重要である。 

新たな都市像の構想とその実践に向けて

米国の事例からわかることは、現段階では地区から住民を移住させるようなアプローチはほぼ不可能であり、「低密度化」を図る土地利用が現実的な解法であるということである。そうした前提のもと、米国の場合は、新たに空間と人口をバランスさせる空間像を設計し、少ない人口で土地の維持・管理を実行することを目指していた。こうした新たな空間像の立案が今後のアーバンデザインの役割の一つではないだろうか。

また、人口減少時代では開発や土地需要も低下することから、土地利用規制のような拡大成長時代に都市をコントロールすべく作られた制度が十分機能しない(すなわち、規制するものが少なくなる)。むしろ人口減少下では、都市農業などの新たな用途に合法性を付与し、住民らの活動を下支えするよう、規制から支援へ土地利用規制の役割が変化していくものと考えられる。また、米国の場合は土地利用計画の中に「可変性」を内包することで、人口減少時代の不確実性に対応できるような動態的な計画枠組みが生まれつつあると言える。

そして、土地利用規制だけでは実質的な土地利用転換は進まないことにも注意が必要である。実際に土地利用転換を実施するのは、中間的な組織であり、日本はこの人口減少下での土地利用転換を担う中間的な組織が米国と比して不足していると言えるだろう。今後はこうした組織をいかに構築し、都市計画と連携しながら住環境を再構築していくかが重要な論点の一つになるだろう。

  

[1] デトロイト市の長期的な都市計画である「Detroit Future City Strategic Framework Plan(2012年)」は、慈善財団からの支援を受け非営利セクターにより策定・発表された計画である。公定の総合計画(マスタープラン)ではないものの、その後の慈善財団等の重要な行動指針として活用されている。

[2] 矢吹剣一、黒瀬武史「米国の人口減少都市における土地利用転換戦略に関する考察――五大湖周辺の衰退工業都市の新マスタープランを事例として」(日本都市計画学会『都市計画論文集』2018年53巻第3号、957-964頁)を参照。 

[3] 光成美紀「土地の再生・再利用政策:米国のランドバンクと再生受け皿」(東京財団政策研究所のウェブサイト、2018年10月15日掲載【https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=241】)を参照のこと。

 

参考文献:

  1. 清水陽子、中山徹「アメリカ・ミシガン州フリント市における人口減少下での総合計画“Master Plan for a Sustainable Flint”の策定と新たなゾーニングの導入」日本都市計画学会『都市計画論文集』2015年50巻第3号、1258-1265頁。
  2. 西村幸夫編『都市経営時代のアーバンデザイン』学芸出版社、2017年。

 

矢吹剣一(やぶき けんいち)

東京大学大学院都市工学専攻特任研究員、アーバンデザインセンター坂井(UDCS)チーフディレクター。1987年福島県いわき市生まれ。筑波大学第三学群社会工学類(都市計画主専攻)卒業。東京大学大学院都市工学専攻修士課程修了。株式会社久米設計勤務後、東京大学大学院都市工学専攻博士課程修了。博士(工学)、一級建築士。専門は都市計画、都市デザイン、まちづくり。特に人口減少下の土地利用政策や空き家・空き地の再生手法を研究している。

  

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