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労働組合のさらなる苦境:Janus判決と最高裁判所における保守派の攻勢

August 30, 2018

杏林大学総合政策学部専任講師
松井孝太

1. Janus対AFSCME事件判決の衝撃

合衆国最高裁判所は、開廷期最終日を翌日に控えた今年6月27日、民主党の支持基盤である労働組合に深刻な打撃を与えることが予想されるひとつの判決(以下、Janus判決)を下した [1] 。法廷意見(多数派)を構成したのは、アリート裁判官を中心とする保守派の裁判官5人である。それに対し、ケイガン裁判官らリベラル派4人は反対意見を加えた。司法の場でも進むイデオロギー対立が、極めて明確に現れた判決であった。

Janus判決の内容を紹介する前に、アメリカの労働法に特徴的な「排他的交渉代表」制度について簡単に説明する [2] 。アメリカでは一般的に、労働者の過半数が労働組合を支持した場合、その組合が、非組合員も含めて、団体交渉単位内のすべての労働者を代表する「排他的代表(exclusive representative)」の資格を得ることができる。その結果、交渉単位内の労働者は、他の組合によって代表されたり、個別に使用者と交渉することが許されなくなる。そのかわり、組合は、組合員と非組合員を分け隔てなく代表する公正代表義務を負う [3]

しかしそうすると、組合に加入して組合費を払うことなく、組合による団体交渉の成果を享受しようとするフリー・ライダー(タダ乗り)のインセンティブが労働者に生じる。そこで、民間部門といくつかの州の公共部門では、労働組合による団体交渉コストの公平な負担として、非組合員にも組合費の一定割合の負担を要求することを認めている。これをエージェンシー・フィーと呼ぶ。エージェンシー・フィーは、労働組合が安定的な資金源を確保し、組織力を維持するうえで極めて重要な制度といえる。

Janus判決が下された時点では、22州で公共部門におけるエージェンシー・フィーが認められていた [4] 。そしてこれらの州は、公共部門における労働組合の組織率の高い州でもある。全国的にも、民間部門での労働組合組織率が低下してきたなかで、公共部門では相対的に高い組合組織率が維持されている。現在のアメリカの労働組合運動の重心は、かなりの程度、公共部門に移っている(図1) [5]

図1:部門別の労働組合組織率と組合員数の推移(1973-2017年)

これに対して近年、労働組合が団体交渉によって獲得してきた州労働者の年金や退職者向け健康保険が、州財政への重い負担となっているという不満が保守派を中心に強まっている [6] 。また、公共部門労働組合の政治活動の多くは、圧倒的に民主党支持に偏っている [7] 。民主党の支持基盤への切り込みという観点からも、共和党及びその中心を成す保守派にとって、公共部門労働組合の弱体化は重要なアジェンダなのである。

かくしてJanus事件では、州政府におけるエージェンシー・フィーを認めるイリノイ州法の合憲性が争われた。原告のマーク・ジャナス氏は、州の保健家族サービス省の職員で、AFSCME(主に州や自治体の職員を組織化する有力組合)によって代表されていた。しかし彼はAFSCMEの方針に不満を抱いており、その政治活動に対しても反対していた。そこで彼は、自分が支持しない組合への資金援助の強制が、非組合員の言論の自由(連邦憲法第1修正)を侵害していると訴えたのであった。全国労働権法的擁護基金(NRTWLDF)、個人の権利センター(CIR)、ケイトー研究所、全国中小企業連合会(NFIB)といった保守系団体が、ジャナス氏の訴えをサポートした。

従来、公共部門におけるエージェンシー・ショップは、1977年のAbood判決が確立したルールによって規律されてきた [8] 。Abood判決は、エージェンシー・ショップが、安定的な労使関係の形成やフリーライダー問題の回避のために有効な制度であるとした。その上で、組合の団体交渉関連の活動と、政治的イデオロギー的活動を区別し、後者に充てられた費用については非組合員から徴収不能とすることによって、言論の自由とのバランスを図った。

しかし、保守派が多数を占める2018年の最高裁多数派は、41年間維持されてきたこのAbood判決を完全に覆した。ジャナス氏の主張を認め、公共部門でのエージェンシー・フィーが非組合員の言論の自由を侵害しているとして、イリノイ州法を違憲と判断したのである。アリートによれば、民間部門と異なり、公共部門における団体交渉は、本質的に政治的な性格(inherently political nature)を帯びている。安定的な労使関係の構築やフリーライダー問題の回避といった州利益は、公共部門労働者の言論の自由侵害を正当化する理由にはなりえないのだという。

この判決の影響は、イリノイ州に留まらない。判決によって、公共部門でのエージェンシー・ショップを認める他の21州でも、労使関係法制の見直しを迫られることとなった。今年の中間選挙への直接的な影響はまだ定かではないが、2020年大統領選挙をはじめ、長期的に労働組合の政治力を低下させる一因となる可能性は小さくないと予想される。

実は、保守派優位となった最高裁は、数年前からAbood判決を覆す下準備を進めてきた。2014年のHarris対Quinn事件の法廷意見(アリート執筆)は、Abood判決が「いくつもの理由において疑わしい」と批判し、判例変更の可能性を示唆した [9] 。その後のFriedrichs対California Teachers Association事件(2016年)では、Abood判決の破棄が予想されたが、スカリアの突然の死去によって先延ばしとなった [10] 。Janus判決は、ケイガンの言葉を借りれば、保守派による「6年間の聖戦(6-year crusade)」の成果なのであった。

2. 「言論の自由」を武器にした保守的政策の実現?

41年ぶりの判例変更に対して、リベラル派裁判官らの反論も熱を帯びている。反対意見では、エージェンシー・フィーには安定的な労使関係の促進といった重要な州利益があること、Abood判決が第1修正関連の諸判例と整合的かつ実行可能なルールであること、先例拘束性の原理(stare decisis)を法廷意見が軽視していることなどが論じられた。

そして反対意見の最後には、保守派裁判官らの司法積極主義に対する厳しい批判が展開されている。ケイガンらによれば、最高裁がAbood判決を覆した唯一の理由は、保守派がAbood判決を嫌っていたからということに他ならない。これまで、安定的な労働組合の存在が健全な労使関係を促進すると考えてエージェンシー・フィーを認めていた22の州もあれば、強力な労働組合は過剰なコストを強いると判断し、これを認めない28の州もあった。本来はそのように活気に満ちた政策論争であるべき事柄において、どちらが勝者になるべきかを、有権者や州政府ではなく、裁判官たちが選ぶことを多数派は望んだのだ、という。

続けて、最も憂慮すべきなのは、日常的な経済・規制政策を掘り崩すために憲法第1修正(表現・信教の自由)が利用されていることだという。「多数派は、第1修正を剣に変え、経済政策や規制政策に対して行使することで、勝者を選んだのである。・・・ほぼすべての経済政策や規制政策は言論に影響ないし関係する。したがって、多数派裁判官らの道のりは長い。あらゆる場面で、黒衣の支配者たちが、市民の選択を覆すのである。第1修正は、もっと良いもののために作られた。民主的統治――公共部門労働組合の役割をめぐる議論も含まれる――を傷つけるためではなく、守るために作られたのだ」と反対意見は締めくくる。

実際に、近年の最高裁において、第1修正を根拠にリベラル派の政策を無効化しようとしてきた事例は少なくない。たとえば、企業等を対象とした選挙資金規正を違憲とし、経済界の政治活動の可能性を大幅に拡大した2010年のCitizens United判決においても、その根拠となったのは第1修正による言論の自由の保護であった [11]

3. 最高裁判所における保守派の攻勢

Janus判決と同日の6月27日には、法廷意見に賛同したアンソニー・ケネディ裁判官が最高裁からの引退を表明した。2016年に死去したスカリア裁判官の後任として、昨年ニール・ゴーサッチを指名したことに続き、トランプ政権は最高裁裁判官を選ぶ二度目のチャンスを得たことになる。トランプは7月9日、D.C.巡回区控訴裁判所のブレット・カバノーをケネディの後継に指名した。

本稿執筆時点(8月中旬)では、ブッシュ(子)政権スタッフ時代のカバノー氏の記録開示をめぐって民主党が攻勢を強めているものの、上院での承認の障壁となる特段の事情は出てきていない。53歳のカバノー氏が、終身任期の最高裁においてトランプ政権の重要な遺産となる可能性は高そうである。また仮にカバノー氏の承認が失敗に終わったとしても、2年以上の任期を残すトランプ政権は、再び保守的な候補者を指名しうる。

ケネディは、共和党の大統領が指名した現役裁判官5人(ケネディ、トーマス、ロバーツ、アリート、ゴーサッチ)の中で、最も穏健な立場であった。すなわち、2005年のサンドラ・オコナー裁判官の引退以降は、ケネディが長らく最高裁の中位投票者(median voter)であったと考えられる [12] 。そのため、ケネディが、保守派4人とリベラル派4人のどちらと連合を組むのかが、過去十年以上の最高裁判決を左右していたといって過言ではない。Janus判決の場合は、ケネディが保守側に付いたことで、労働組合が大敗を喫したのであった。

図2: 最高裁判所裁判官の任命によるイデオロギー中位投票者(M)の変化

スカリアからゴーサッチの交代では、ケネディよりもイデオロギー的に右側の裁判官が、同じく右側の裁判官と入れ替わったに過ぎず、中位投票者の位置は変わらなかった。しかし、カバノーは、ケネディや(ケネディの右隣だが、より保守的な)ロバーツよりも保守的と目されている。そのため、ロバーツが新たな中位投票者となり、最高裁の重心は大幅に保守側にシフトことが予想される(図2) [13] 。その意味で、ケネディの引退は、ゴーサッチの指名とは比較にならない重要性を持っている。連邦や州の労働法制を組織力維持の基盤としてきた労働組合にとっては、司法の場においても、さらに苦しい時代が訪れそうである。


[1] Janus v. American Federation of State, County, and Municipal Employees, 585 U.S.__ (2018)

[2] 日本語による優れた解説として,中窪裕也『アメリカ労働法 第2版』(弘文堂,2010年)を参照。

[3] これに対して日本の労働法では複数組合交渉代表制が採用されている。労働組合は自己の組合員についてのみ団体交渉権を持つとともに,少数派組合にも団体交渉権が認められる。菅野和夫『労働法 第11版補正版』(弘文堂,2017年),834-835頁。

[4] ワシントン,オレゴン,カリフォルニア,モンタナ,コロラド,ニューメキシコ,ミネソタ,イリノイ,オハイオ,ペンシルバニア,メリーランド,デラウェア,ニュージャージー,ニューヨーク,コネチカット,ロードアイランド,マサチューセッツ,バーモント,ニューハンプシャー,メイン,アラスカ,ハワイ。また2011年以降,労働権立法(right-to-work laws)によりエージェンシー・フィーを禁止した州が6州ある(ウィスコンシン,ミシガン,インディアナ,ウェスト・バージニア,ケンタッキー,ミズーリ)。なお一般的にアメリカで「労働権(right-to-work)」という場合,労働組合に加入せずに働く個々の労働者の権利を意味する。アメリカの政治イデオロギー的には,保守派との結びつきの強い考え方である。

[5] 各州の法制度の違いが組合の組織化に及ぼした影響に関しては,拙著「アメリカ公共部門労働者の組織化をめぐる政党間対立―団体交渉権付与・剥奪の計量分析を中心に」杏林社会科学研究,33(4): 43-79(http://www.kyorin-u.ac.jp/univ/faculty/general_policy/student/journal/pdf/2017vol33no4_matsui.pdf)もご参照いただきたい。

[6] Daniel DiSalvo. 2015. Government against Itself: Public Union Power and Its Consequences . Oxford University Press.

[7] 政治献金情報を収集し公開している団体Center for Responsive Politics(https://www.opensecrets.org)によると,2016年選挙サイクルにおいて,AFSCME(全米州郡自治体従業員連盟)は民主党の連邦議会選挙候補者に対して約167万ドルの献金を行っているのに対し,共和党候補者には4500ドルしか献金していない。主要な公共部門労働組合であるNEA(全国教育協会)やAFT(全米教員連盟),AFGE(全米政府職員連盟)についても同様の傾向が見られる。さらに,Center for Responsive Politicsによれば,NEA,AFSCME,AFTはいずれも,1989年から2018年にかけての“Top All-Time Donors”の上位10位以内に名を連ねており,政治資金の規模の大きさでも民主党の重要な支持基盤といえる。

[8] Abood v. Detroit Board of Education, 431 U.S. 209 (1977)

[9] Harris v. Quinn, 573 U.S. __ (2014)

[10] Friedrichs v. California Teachers Association, 578 U.S. __ (2016)

[11] Citizens United v. Federal Election Commission, 558 U.S. 310 (2010)

[12] それまではオコナー裁判官が中位投票者と目されてきた。オコナー引退後にブッシュ大統領が指名したアリートは,オコナーの右隣のケネディよりも保守的であったため,ケネディが中位投票者となった。この経緯については,ジェフリー・トゥービン『ザ・ナイン アメリカ連邦最高裁の素顔』(河出書房新社,2013年)の一読をお勧めしたい。

[13] 大統領による最高裁判事の指名及び上院による承認と,最高裁のイデオロギー位置の変化に関する最近の研究としては,Charles M. Cameron and Jonathan P. Kastellec. 2016. “Are Supreme Court Nominations a Move-the-Median Game?” American Political Science Review . 110(4): 778-797を参照。上院の制約に関する従来の理論予測に反して,大統領は相当程度自由に(イデオロギー的に極端な)裁判官の指名を実現できていることが示されている。

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