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政策形成のためのデータ分析(上)

July 19, 2017

後藤潤
研究員

近年、「エビデンスに基づく政策形成(evidence-based policy making)」の重要性が実務家および研究者双方の間で認識され始め、注目が集まっている。たとえば途上国の貧困削減問題に取り組む政策研究機関であるマサチューセッツ工科大学のJ-PALは、2003年から教育、健康、公衆衛生、金融サービス、コミュニティ開発など様々な分野で最先端の手法を導入した研究を実施し、多くの政策提言につなげている。このような海外での潮流を受けて、日本でも新たな政策の立案過程だけではなく既存の政策の妥当性や有効性を検討する際においても、可能な限り科学的なエビデンスに立脚して議論していくことが求められるようになると思われる。

昨今、「政策形成のためのデータ分析」という観点で優れた入門書も世に出ている [1] 。本稿では、それらの解説を踏まえたうえで、社会科学における実証分析の難しさと有効な解決策としてのランダム化比較実験(RCT)とよばれる手法に着目し、その有効性と課題について、入門的な解説から一歩踏み込んで議論したい。

因果関係と相関関係

社会科学における実証分析の重要な目的の一つは、複雑に交錯する様々な事象の中でどのような因果関係や相関関係が成立しているのか(あるいはしていないのか)を特定することにある。とりわけ因果関係と相関関係を区別することの重要性は強調されてよい。

たとえばマイクロファイナンスと呼ばれる途上国の貧困層への小規模融資プログラムを例に、因果関係を特定することの難しさを説明すると以下のようになる。マイクロファイナンスとはムハマド・ユヌス氏がバングラデシュの農村で開始した金融サービスで、貧困層に少額の融資を行い小規模事業への投資を支援することで恒常的な所得増加を目指した取り組みである。ユヌス氏はその功績が認められ2006年にノーベル平和賞を受賞した。

今、貧困層Xと同じく貧困層Yが存在するとする。貧困層Xに対してのみ少額融資を提供したところ、事後的に測定した所得がYは100ドルであったのに対してXは150ドルであった。ここでwith-without(つまりXとY)を比較して少額融資は50ドルの所得向上効果があったと結論づけるのは正しいだろうか。答えは、「必ずしも正しいとは言えない」である。この場合「少額融資の提供の有無」(事象Aと呼ぶ)と「所得水準」(事象Bと呼ぶ)の間に正の相関関係は存在すると言える。しかし、この場合の相関関係の中には三つの構図が含まれる。

第一に、BがAを引き起こしているという因果関係である。つまり貧困層Xはそもそもプログラム導入前から所得が高い、あるいは所得が増加すると見込まれたため、優先的に少額融資が提供されているケースである。第二に、AとBに共通して相関する事象Cがある場合である。たとえばCとAおよびCとBの間で因果性が内在していると、AとBの間には因果性がないにもかかわらず相関することがありうる。事象Cは具体的には、小規模事業を実施する際の経営能力の高さなどが想定される。貧困層Xの経営能力がYに比べて高ければ、その結果所得水準は高くなるし、事業拡大のために少額融資にも積極的に申し込むかもしれない。その結果、少額融資を受けたXの所得がYに比べて高くなっているという事実は観察されるが、その両者(AとB)の間に因果関係は成立していないのである。最後にAがBを引き起こしているという因果関係がある。これが政策の正当性を評価する際の論拠となるエビデンスである。すなわち少額融資が所得を向上させたという因果関係である。

このように事象Aと事象Bの間にある相関関係は三つの因果・相関関係によって構成され、マイクロファイナンス・プロジェクトの効果があったと結論付けるためには、ほかの二つの因果・相関関係と区別してA→Bの因果性が存在することを実証しなくてはならないのである。

因果関係を特定することがなぜ重要か

研究者や実務家が相関関係と因果関係を混同すると、議論している政策の評価が正当になされない可能性がでてきてしまう。上記のマイクロファイナンスの例では1990年代前半から半ばまでに単純なbefore-after分析やwith-without分析を論拠にしたインパクト評価論文が数多く公表された。このようなデータ分析が生み出した知見を足掛かりに、マイクロファイナンスは先進国も含めて世界中に拡大したのである。それでは実際にマイクロファイナンスの拡充は貧困削減に寄与したのだろうか?

どのような方法で因果関係を特定するのか:ランダム化比較実験の有効性

それでは、どのようにして相関関係の中から目的の因果関係を特定することができるのだろうか。最もシンプルでかつ有効な方法がランダム化比較実験である。再びマイクロファイナンスを例に説明しよう。発想は医学における新薬効果検証のための治験と同じで、貧困層を二つのグループにランダムに割り振る。すなわち、少額融資を受けることができる集団(トリートメントグループ)と受けることができない集団(コントロールグループ)である。こうすることで、トリートメントグループとコントロールグループの間で所得水準や経営能力をはじめとしたすべての性質や条件について、その平均値に差はなくなる。したがって、「少額融資の提供の有無(事象A)」と「事後的に測定した所得水準(事象B)」の間に正の相関関係が存在したとき、BがAを引き起こしている因果関係(所得の高い人が優先的に少額融資を受けている)やAとBに共通して相関するCの影響(経営能力がある人の所得が高く、融資も受けている)を排除できる。トリートメントグループとコントロールグループの差は、融資を受けているかどうかだけであるから、事後的に所得を測定してそこに差があれば、それは融資によって引き起こされた(AがBを引き起こしたという因果関係が存在する)と結論付けることができるのである。

このようなランダム化比較実験が2000年代に入って実際に途上国各地で実施され始めたのである。それを主導したのは冒頭で紹介したMITのJ-PALのチームであり、その結果をまとめた研究論文が2015年に公刊された。その内容は驚くべきもので、マイクロファイナンスには当初想定していたような高い所得向上効果はない可能性があり、教育や女性のエンパワメントなど社会的な効果についても限定的であるというものであった。このような研究結果を受けてマイクロファイナンス拡充の動きを再考する機運が高まり、厳密なデータ分析を通じて政策形成を行う重要性が、広く認識されることとなった。

ランダム化比較実験は万能薬か?

ここまで因果関係の特定の難しさと重要性を簡単に解説し、その問題を克服する手法としてランダム化比較実験が有効であることを説明した。それでは全ての政策に対してランダム化比較実験を行えば、われわれは適切なデータを得て正当なインパクト評価を実施できるのだろうか。残念ながらランダム化比較実験は政策評価の万能薬ではなく、いくつかの限界も内在している。広く認識されているのは、実験を実施するための資金が莫大になったり、倫理的にランダムな介入が許容されず、そもそも実験を行うことができないケースがあるというものである。また、特定の調査対象集団に対してランダムに介入することで得られた知見が、ほかの地域や異なる条件下に対してどの程度一般化可能なのかという問題もある。これらの限界に加えて、ランダム化比較実験の本質にかかわる重要な批判が2015年にノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートン氏によって展開されている。後編ではディートン氏の批判を解説し、ランダム化比較実験を正しく理解することでより望ましい政策形成のエビデンスが提供されうることを示したい。

(後編に続く・8/9公開予定)


[1] 伊藤公一朗著『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(2017、光文社新書)、

中室牧子、津川友介著『「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法』(2017、ダイヤモンド社)

    • 元東京財団研究員
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