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本質から外れる豊洲移転論争

June 28, 2017

小松正之
上席研究員

6月20日、豊洲移転・築地再開発の併存計画が発表された。都知事選を控え、小池都政の評価の争点の一つに目されるこの問題だが、これまで移転論争に終始し、公的市場としての豊洲・築地市場の本質的な議論は置き去りにされてこなかっただろうか。小松正之上席研究員は、流通合理化・近代化、見える化と水産資源の安定的かつ持続的確保等、両市場の抱える課題と改革の必要性を訴えている。

◇ ◇ ◇

小池百合子東京都知事は8月末、「豊洲移転と築地閉鎖の延期」を発表した。知事は、(1)食の安全性を最優先する、(2)巨大な公共投資の精査、(3)情報の透明性の確保を挙げた。その後、知事の指名する専門家による会合が検討を重ねているが、その議論は市場の汚染問題と都庁内の情報管理の責任問題に終始している。

公的市場としての築地市場と新豊洲市場は本当に必要なのだろうか。中央卸売市場は1923年(大正12年)に制定された中央卸売市場法に基づき設置された。18年に富山県魚津市で米騒動が起き、政府が中央卸売市場を設定して、食料の集荷と配分の機能を負わせ、都市の消費者のために、小売市場への安定供給と、卸売物価の引き下げを目的とした。

しかし、戦後70年を経て水産物と青果など流通形態は大きく変わった。日本の漁業が世界から締め出され、また国内漁業も政府の無策に起因する漁業資源の乱獲と地球温暖化の影響から生鮮魚の生産が大幅に落ち込んだ。その結果、築地市場への入荷も大きく減少した。また外国の出荷者も築地市場のコスト高と競りや値決めの不透明さから、築地市場へは出荷せず日本以外の国へ販売する例が増大している。毎年の初競りの異常な高値も、私企業による自社の宣伝のための公的市場機能の乱用であると批判されている。外国からはマグロの乱獲を助長すると批判される。

また、中央卸売市場を経由しない市場外の流通も現在は50%近くに達する。仲卸業者や買参業者を通さずに、卸売業者から直接小売業者やスーパーマーケットに販売するものや、築地市場が荷物の中継点になっているものも多い。これは本来の市場流通とは異なるし、仲卸業者が役に立たないことを示している。このように中央卸売市場は国内からも国外からも必要性を疑問視されているのに、法律に基づき建物・施設を巨額税金で整備することが必要なのだろうか。安倍晋三首相の出身県山口県の28年度予算規模7,000億円に匹敵する6,000億円もの税金が投入されたが、適切に、市場の近代化と合理化のために支出されたとは思えない。

豊洲市場も、食の品質と衛生の向上は閉鎖性の市場で確保されるとの発想で建てられた。第7街区の卸売棟、第6街区の仲卸売棟、第5街区の温度は、それぞれ10・5度、25度、14~15度となる。しかし、海外の市場では水産物の劣化の進行防止のため0度を採用しており、水産物の置き場と入札場所を分離している。働く人の健康への配慮と、水産物の衛生と品質の維持をどう両立させるかは豊洲市場でも不明確だが、中途半端な対応は避けるべきだ。

また、オランダの花市場やノルウェーとアイスランドの水産物市場は、全てインターネットにより、どこからでも入札できるシステムである。豊洲市場では、水産物の価格決定が人対人の競りや相対で行われ、市場内の売買参加者に限定される。これからは、購入の資金信用力などの条件を満たせば、誰でもインターネットで市場の水産物を世界のどこからでも買うことができ、羽田空港 から購入した物をシンガポールや上海、ソウルなど世界にその日のうちに送付できるシステムにすべきである。

さらに、卸売業者と仲卸業者ら市場関係者こそ、消費者の利益を代弁し、水産資源の安定供給のために日本沿岸漁業の資源管理に積極的に主導権を持つべきだ。現在、乱獲や資源管理の不足並びに地球温暖化の影響で、クロマグロ、カツオ、スルメイカ、サンマ、スケトウダラの減少や枯渇が進んでいる。資源管理の徹底を市場から訴え掛けるべきである。サイズの小さいクロマグロなどは一切購入しないことが必要だが、その姿勢が全くなく、どんな物でもすぐに購入する姿勢は乱獲推進に加担することに他ならない。

一方、豊洲市場も施設内の輸送は、仲卸業者が1社ごとにターレ・トラックを使用する。オランダの花市場を見ると、運送小型トラックの導線が市場内に敷かれ、自動での運搬が可能だ。豊洲では一人一人が、500台以上のターレを運転するので、経費が膨大になる。施設内の合理化には手が着けられず、高コスト体制が維持されたままだ。

専門家会議が設定されたが、本当に必要なのは、放射能対策と流通合理化・近代化、見える化と水産資源の安定的かつ持続的確保をめぐる根本を検討する「大局観・戦略的構想と国際的視点に立った委員会」の設置であろう。それも一般市民に公開すべきだ。

日本人は、既得権にしがみつき、改革の機会を有しながら、それを実行しようとしない。本件では東京都の役人が民間・業界を主導せず、民間が率先して近代化を提唱することもなく、建設も全て税金に頼り切り、入居者も負担額も少ないので自らの意見を反映できない。全ての「ツケ」は納税者である国民に回ってくるが、国民も自分が負担しているという意識がない。問題が将来の世代に先送りされる構造だ。このようなありさまでは日本の将来はどうなるのか。

『世界日報』2016年11月6日より転載

◆英語版はこちら "Tsukiji Compromise Ignores Need for Wholesale Reform"

    • 小松 正之/Masayuki Komatsu
    • 元東京財団政策研究所上席研究員
    • 小松 正之
    • 小松 正之
    研究分野・主な関心領域
    • 水産業
    • 捕鯨
    • 海洋
    • 地球生態系及びリーダシップと交渉論

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