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【Views on China】中国の特色ある高速度変化

April 6, 2017

静岡県立大学国際関係学部教授
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諏訪一幸

3月5日から15日まで、杭州、上海、そして北京とまわってきた。大学間交流拡大の可能性を探ることを主な目的としたものだが、この日程は、奇しくも全国人民代表大会(第12期全国人民代表大会第5回会議)開催期間と一致するものだった。本稿ではこの期間中の出来事を通じて強く感じた中国の著しい変化――中国の特色ある高速度変化――について、社会(人々の生活)と政治(全人代)に焦点を当てて、述べてみたい。

1.社会

今回、人々の日常生活面で筆者が中国の巨大な変化を感じたのは携帯電話(スマートフォン)と高速鉄道(「高鉄」)に関してである。

筆者はいわゆるガラケーの利用者だ。日本においても、また中国においても、周囲の視線に若干の冷たさを感じつつも、機能的にはガラケーで十分満足していた。年に1、2度訪れる北京でもスマホがここ2年ほどの間に急速に普及してきたことを実感していたが、日常生活上の不便さは特段感じなかった。しかし、今回の旅では、スマホがないと中国では生きていけないことを痛切に認識したのである。

最大のショックは、タクシーがなかなかつかまらないことだった。過去数回の訪問を通じ、タクシー事情のひどさは中国国内でも群を抜いていることを十分理解した上でやってきた杭州(今次訪中での第一訪問地)だが、待てど暮せど、流しのタクシーはつかまらない。しかし、タクシーがないわけではなく、筆者の周囲では次々と人々が乗り込んでは去っていく。そして、彼らは例外なく手にスマホを握っているのだが、知人に聞くと、中国では現在、専用アプリ「滴滴出行」でタクシーを呼び出すのが普通なのだと言う。待っていてもらちが明かないので、そのアプリを使って呼び出してもらうと、これが実に便利なのである。現在地(出発地)と目的地を入力して送信すると、直ちに最寄りのタクシー運転手から受諾の返信が来る。加えて、タクシーには最新のナビ機能が付いているので、外地出身の初心者ドライバーでも道に迷うことはない。「人の助けを借りないとタクシーすら呼べないのか」。30年以上中国と付き合ってきた筆者にとって、この事実は深刻なカルチャーショックとなり、スマホ購入へと気持ちを向かわせる契機となった。

そこで、次の訪問地上海で、中国人ゼミ卒業生の協力を得てスマホショップに入ってみたが、当初は多分にウインドショッピング気分だった。なぜなら、筆者のガラケー脳には「スマホ=10万円」の計算式がインプットされていたからだ。しかし、店員と話を進めていくうちに、十分な機能を備えたスマホが1万円程度で購入できることを知り、購入を即決した。これにより、筆者の中国生活は直ちに快適なものに変わったのである。

上海から北京への移動は、高鉄を使った。切符予約と支払いは、もちろん、スマホアプリを使い、あっという間に完了した。タクシー代の支払いといい、レストランでの支払いといい、彼らはほとんどスマホで行うようになっていた [i]

長距離での高鉄による移動は今回初めてだったが、奮発して一等席切符を購入したこともあり、5時間弱の旅は極めて快適だった。カーブの少ない、ほぼ直線での運行にもよるのだろう、揺れも少なかった。2011年の追突脱線事故の発生とその処理に見られた非人道性。時として、受け入れ国の国民感情や環境問題を無視しているようにも思える、強引な売り込み。中国高鉄に対する決して高くない筆者の評価は、スマホ事件の衝撃もあり、快適かつ迅速な国内移動が可能になったという点で、大きな修正を迫られることとなった [ii]

1978年10月、日中平和友好条約批准書交換のために訪日した鄧小平副総理は、東京から関西方面への移動に新幹線を使った。そして、その車内で新幹線への感想を聞かれ、「速い。とても速い。後ろからムチで打っているような速さだ」と答えたという [iii] 。今回の訪中で筆者が感じた変化の速さは、まさにこのようなものだった。そして、中国の凄まじい技術進歩の波を受け、自らのライフスタイルを変えざるをえなかったのも、恐らく今回が初めてだった。

2.政治

一方、政治分野でのスピード感は、人事と米中関係において顕著である。

昨年10月の党中央委員会総会(中国共産党第18期中央委員会第6回会議)で、習近平は「党の核心」としての地位を手に入れた。全人代最終日の3月15日、党内序列第3位の張徳江委員長は、「全党全軍全国各民族人民の間に、習近平総書記の崇高な権威と人望が打ち立てられ、総書記は党中央の核心、全党の核心となった」と習を持ち上げた [iv] 。党の核心となってから約半年。習近平に対する権威づけ作業が進んでいる。

それが大きな自信となっているのだろう。今年に入り、習近平は、福建省と浙江省時代の部下の中央政界抜擢を急速に進めている。その代表格は、いずれも全人代開催直前の2月末に開かれた同常務委員会で国家発展改革委員会主任に任命された何立峰と商務部長に任命された鐘山で、何は福建で、鐘は浙江で、それぞれ部下として習に仕えている。

この2人にとって、今回の全人代は内外へのお披露目の場だった。何は6日に、鐘は11日に、それぞれ記者会見を開いている [v] 。邦字紙によると、実務に対する彼らの理解度には未だ不十分な点もあるようだが [vi] 、その点を含め、核心習近平の側近として育っていくのか大いに注目される [vii] 。ちなみに、この2人に、同じく習に近いとされる蔡奇北京市長を加えた3人は、いずれも1955年生まれだ。今年後半に開催される第19回党大会で最低限中央委員会入りすれば、第20回党大会開催予定の2022年には67歳で、いわゆる「67歳以下内規」 [viii] をぎりぎりクリアできることから、中央政治局常務委員会入りする可能性が見えてくる。

さて、全人代では通常、経済を中心とする国内問題が主な議題となってきているが、今年の場合はトランプ政権誕生を受け、米国(問題)が「陰の主役」となった。その象徴が王毅外交部長及び李克強総理の記者会見においてみられたやりとりである。全人代恒例の外交部長と総理の記者会見では、従来より米国メディアに優先的質問権が与えられる傾向があったが、今年はこれが特に顕著だった。

3月8日に開催された外交部長記者会見で、新華社記者に続き、海外メディアのトップバッターの質問者に指名されたのはNBCの記者だった。米新政権との間での重要問題をめぐる妥協の可能性について問われた王毅は次のように答えている。「確かに、中米関係の将来に対する危惧が各方面から表明された時期があった。しかし、双方の密接な意思疎通と共同の努力により、中米関係は積極的な方向に向け、安定的に移行かつ発展していると、私は皆さんに申し上げたい」と、米中関係の将来を楽観的に見通した [ix]

さらに、その一週間後(3月15日)に開催された李克強総理の記者会見では、中国国内メディアを抑える形で、CNN記者が質問者のトップバッターに指名されたが、質問内容はやはりトランプ政権への対応についてだった。質問を受けた李克強は、「誰がアメリカ大統領になろうと、中米関係は風雨を受けつつも、常に前進してきた。私は中米関係の将来を楽観視している」と前向きな発言を行うとともに、「一つの中国政策の堅持が中米関係の政治的基礎であり、これは状況がどのように変化しようとも動揺せず、動揺させてはならないものである。この政治的基礎があれば、中米協力の将来は広範囲にわたり見通せるものとなる」と、「一つの中国」政策さえ維持すれば、他の何物も関係強化の妨げにならないとの姿勢を示した [x]

大統領選期間中にとどまらず当選以降も、貿易問題や海洋進出問題などを巡り、中国に対する厳しい批判を繰り返してきたトランプである。したがって、中国側が米国側に対してこのような秋波を送るようになるまでには、当然のことながら一定のプロセスがあった。このプロセスを振り返ってみたとき、中国側の対応に看取される特徴は「慎重さとスピード感」である。

トランプ当選以降の米中関係はさや当て合戦から始まった。今年1月12日(日本時間。以下同じ)に行われた大統領選当選後初の記者会見で、「つい最近も200万人の米国人の情報が盗まれた。おそらく中国の仕業だろう」などと中国を批判したトランプは、その直後、今度は中国が「核心的利益」と位置付ける台湾問題に関し、「一つの中国」政策の修正可能性に言及する [xi] 。中国側は当然のことながら反発するが、14日に発表された外交部報道官談話は、「一つの中国の原則は中米関係の政治的基礎であり、協議対象とはなり得ない」という通り一遍のものだった [xii] 。さらに17日、ダボス会議の開幕式でスピーチに立った習近平は、経済分野でのグローバル化のさらなる発展の重要性を強調したが [xiii] 、これが「アメリカ・ファースト」を旗印に保護主義的発言を繰り返すトランプへの当てつけであることは一目瞭然だった。そして、そこには、世界自由貿易体制のリーダーがあたかも中国にとってかわったかの錯覚を与える、奇妙な光景が広がった。中国側のこうしたスタンスは、トランプが環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱に関する大統領令に署名した直後の外交部報道官発言からも見て取れる [xiv]

自由や人権といったアメリカそのものを体現する価値観を否定するトランプの発言で、各方面に波紋が広がっている。しかし、学習効果の表れとも言うべきか、しばらくすると、一定程度の軌道修正を試みる現実的な一面を示し始める。米中関係では2月8日、「米中両国にとって利益となる建設的な関係を一緒に築いていくことを楽しみにしている」と記された書簡を習近平に送ったことがそれに当たる [xv] 。そしてこれ以降、潮目が変わる。翌9日の定例記者会見で外交部報道官は、「我々は、トランプ大統領による習近平主席と中国人民に対する祝日(筆者注:元宵節。日本の小正月)のお祝いを高く称賛する」と発言 [xvi] 、翌10日の米中首脳電話会談につなげる。新華社によると、習近平は、「中米協力を努力して切り開き、中米両国と国際社会に恩恵をもたらす建設的な二国間関係を発展させたいとトランプ大統領が表明したことを高く称賛」し、「双方はよき協力パートナーになれる」旨指摘した。一方のトランプは、「私は、米国政府が一つの中国政策をとることの高度な重要性を十分理解している、米国政府は一つの中国政策を堅持」旨強調した [xvii]

トランプが「一つの中国」原則の堅持を受け入れたと中国側が解釈したことで、政府高官の相互訪問が動き始める。日本海への弾道ミサイル発射(2月12日、3月6日)や金正男殺害(2月13日)をはじめとする北朝鮮の暴挙も、米中両国の協調と協力の歩みを速めたと考えられる。2月27日、国務委員の楊潔篪(前外交部長)がトランプ大統領と面会したが、これはトランプ政権発足後初の中国高官による訪米であり、トランプとの面会であった。そして、全人代終了直後の米中外相(ティラーソン=王毅)会談を経て、両国政府は3月末、トランプ大統領と習近平国家主席が4月6日と7日にフロリダで会談すると発表した [xviii]

このように、米新政権下での米中両国は、2月以降、急速な接近を見せているが、これは両国関係の実質的進展や強化を意味しない。対中強硬派と目されるトランプと中国唯一の「核心」としての歩みを始めた習近平が、「今後50年の米中関係発展」 [xix] に向けたスタートラインに立ったに過ぎないのである。来るべき首脳会談で両国首脳は、喫緊の課題を巡り、つばぜり合いを行うことになる。北朝鮮問題では、強硬策に傾きつつある米国に対し、米朝対話を呼びかける中国。THAAD(高高度防衛ミサイル)配備問題では、あくまでも北朝鮮の脅威に対抗する措置であるとして配備を進める米国に対し、中国の主権と安全保障を脅かすとして配備中止を求める中国。経済問題では、巨額の対米貿易黒字と「為替操作」を批判する米国に対し、保護主義を批判する中国。そして、南シナ海問題では、ほぼ全域に対する管轄権を主張し、軍事拠点化を進める中国に対し、現状の一方的変更の中止と法に基づく飛行、航行の自由を求める米国。米新政権下で、米中両国が相互信頼に基づく協力関係を構築できるかが大きく問われている。

本稿のタイトルは「中国の特色ある高速度変化」である。スマホの急速な普及にせよ、米中両国の急速な接近にせよ、これらは肯定的に評価できることだ。ところが、今回の訪中ではそうでない変化も経験した。3月15日、全人代終了とともに、北京の空からはブルーが消えたのである。筆者が北京入りした12日のPM2.5濃度は45、13日は44、14日は51だったが、帰国日の15日は87に上昇し、16日には147に跳ね上がった [xx] 。このような高速度変化は、もちろん、願い下げである。

[i] 劉瀟瀟「中国が超速で『スマホ先進国』になれた事情」<http://toyokeizai.net/articles/-/161521>。2017年3月19日アクセス。

[ii] 筆者は昨年12月、中国-ラオス高速鉄道のラオス側建設現場を視察してきた。工事は、遅々としてではあるが、着実に進んでいた(http://ir.u-shizuoka-ken.ac.jp/ksuwa/p7.html)。

[iii] 「1978年日本の旅――鄧小平氏が訪日で学んだもの」<http://j.people.com.cn/95911/95954/6545780.html>。2017年3月18日アクセス。

[iv] 「十二届全国人大五次会議在京閉幕」『人民日報』2017年3月16日。

[v] 「蔡奇首次亮相全国両会北京団開放日 回応建設一個什么様的首都」<http://epaper.jinghua.cn/html/2017-03/06/content_283049.htm>、2017年3月20日アクセス。「何立峰主任和張勇、寧吉喆副主任共同出席十二届全国人大五次会議記者会」<http://www.sdpc.gov.cn/tpxw/201703/t20170306_840490.html>、2017年3月8日アクセス。「商務部部長鐘山等就“改革開放調結構 創新駆動促発展”答記者問」<http://www.china.com.cn/zhibo/zhuanti/2017lianghui/2017-03/11/content_40440320.htm>、2017年3月13日アクセス。

[vi] 「習主席の『腹心』表舞台に」『朝日新聞』2017年3月7日、「習氏の発言 何度も言及」『日本経済新聞』2017年3月7日。

[vii] 拙稿「習近平『核心』体制の誕生と近隣諸国の不安」<http://www.tkfd.or.jp/research/china/plz1mv>。

[viii] 中国共産党には「党中央政治局常務委員会入りできるのは67歳以下」との内規があるとされる。

[ix] 「外交部長王毅就中国的外交政策和対外関係答問」<http://www.npc.gov.cn/npc/zhibo/zzzb33/node_27362.htm>。2017年3月8日アクセス。

[x] 「李克強総理会見中外記者」<http://www.npc.gov.cn/npc/zhibo/zzzb28/node_29874.htm>。2017年3月15日アクセス。

[xi] 「醜聞・罵倒 異様な会見」『日本経済新聞』2017年1月13日、「『一つの中国』見直し示唆」『朝日新聞』2017年1月15日。

[xii] 「外交部発言人陸慷答記者問」<http://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/dhdw_673027/t1430633.shtml>。3月15日アクセス。

[xiii] 「習近平出席世界経済論壇2017年年会開幕式併発表主旨演講」『人民日報』2017年1月18日。

[xiv] 「2017年1月24日外交部発言人華春莹主持例行記者会」<http://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/jzhsl_673025/t1433377.shtml>。2017年1月28日アクセス。

[xv] 「トランプ氏、習氏に書簡」『朝日新聞』2017年2月9日夕刊。

[xvi] 「2017年2月9日外交部発言人陸慷主持例行記者会」<http://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/jzhsl_673025/t1437184.shtml>。2017年2月11日アクセス。

[xvii] 「習近平同美国総統特朗普通電話」『人民日報』2017年2月11日。台湾問題に関するアメリカの公式的立場は、「米国は、台湾海峡両岸のすべての中国人が中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している」(1972年2月28日、上海コミュニケ)というものである。上記「認識」の原文は「acknowledge」であることから、米国は中国の主張を受け入れてはいないと解釈できる。濱本良一「中国軍幹部の大異動、米国が“一つの中国”受け入れへ」『東亜』2017年3月号、49ページ。

[xviii] 「習近平将対芬蘭進行国事訪問併赴美国佛羅里達州挙行中美元首会唔」『人民日報』2017年3月31日。ちなみに、中国語の「会唔」は日本語の「会見」或いは「面会」を意味することから、中国側は今回の「会談」を正式なものと位置付けていない。

[xix] 習近平に対するティラーソン発言。「習近平会見美国国務卿蒂勒森」『人民日報』2017年3月20日。

[xx] 「北京空気質指数」<http://www.pm25s.com/jp/beijing.html>。2017年3月20日アクセス。

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