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【Views on China】国防費の伸びと人民解放軍の不満

March 30, 2017

東京財団研究員
小原凡司

はじめに

2017年3月4日、中国の2017年度予算案の国防費が、前年度実績比で「7%前後」増加すると発表された。翌5日に開幕する第12期全国人民代表大会(全人代)第5回会議を前に、全人代の傅瑩報道官が記者会見で明らかにしたものだ [i]

7%の増加率は、依然高く、経済成長率を上回ってもいるが、経済成長率から極端に乖離している訳ではなく、中国の経済成長率に合わせて抑制されたものだとも言える。この増加率は、中国人民解放軍にとって、必ずしも満足できる数字ではない。人民解放軍の発展のペースを保てないと考えるからだ。

中国の軍備増強も他の多くの分野の発展戦略と同様、改革開放による経済成長が軌道に乗り始めた1980年代半ばの鄧小平氏の指示を基にしている。高い経済成長を前提とした長期の軍事力発展計画であるため、人民解放軍は、10%の増加率があって初めて発展戦略に沿った十分な軍備増強ができると考える。

1.海軍の増強を急ぐ中国

中国の国防費は、2000年代から、海軍に多くが配分されている。海外に展開する中国の経済活動保護のために、海軍の重要性がより高まっているからだ [ii] 。その海軍の発展戦略も1980年代半ばに、鄧小平氏から海軍司令員に直接指名された劉華清氏によって三段階の発展戦略として指示されたものである。明言こそしないが、「米海軍を凌駕する」という最終目標を掲げる第三段階の期限は2050年に設定されている。「二つの百年」の一つ、中華人民共和国成立100年の2049年をにらんでのことだ。

そして、もう一つの「百年」である中国共産党結党100年の2021年を意識した、2020年を期限とする第二段階の目標は、海軍艦艇の建造及び配備状況から、空母打撃群を世界的に展開して軍事プレゼンスを示すことだと理解できる。こうした長期の目標を達成するためには、継続的かつ急速な軍備増強が必要なのだ。

さらに中国は、この長期発展戦略を前倒しで実現しなければならないかもしれない。2017年2月27日、日本メディアが、大連で建造中の中国初の国産空母の進水が近いと報じた [iii] 。中国国産空母の進水は、単に中国海軍が実力をつけてきたことを意味するだけではない。中国指導部の危機感が、空母建造を急がせているように見えるのだ。

危機感の主要な原因は、トランプ大統領である。トランプ大統領は、外交安全保障問題を、経済問題を取引する際のカードとして利用すると公言している [iv] 。中国は、米国が取引のカードとして、米海軍の行動を活発化させることを懸念しているのである。

2.指導部の懸念を反映する海軍の人事

中国指導部の懸念は、2017年1月の中国海軍に関する高級将校人事を見れば一目瞭然である。1月17日、中国海軍司令員であった呉勝利上将が退任し、南海艦隊司令員の沈金龍中将がその後を襲った [v]

中国メディアは、年齢に達したので退役したとしている [vi] が、呉勝利上将はすでに72歳であり、もっと早くに退役していてもおかしくない。呉勝利上将は、2006年8月から2017年1月までの10年5カ月もの長きにわたって海軍司令員の地位にあり、在任期間が長過ぎることが話題になっていた。呉勝利上将は海軍司令員に就任する前、中央軍事委員会副総参謀長を務めていた。2015年11月からの改革後は、統合参謀部副参謀長と呼ばれる職だが、現在その任に当たっている孫建国上将が海軍司令員に昇任するのではないかと言われながら実現しなかった。最近では、孫建国上将が江沢民主席(当時)に抜擢されたからだと分析されている。

中央軍事委員会の海軍のポストには、引き続き呉勝利上将が就いている。通常、中央軍事委員会委員の任命は、5年に一度開かれる中国共産党全国代表大会(党大会)で行われるので、順当にいけば、2017年秋に開かれる第19回党大会において、沈金龍中将が中央軍事委員会委員に昇任すると考えられる。

しかし、今回の交代は、必ずしも順当だとは言えない。沈金龍新海軍司令員の階級が低過ぎるからだ。彼は、2016年7月に中将に昇任したばかりである。中将の上には上将という階級があり、中将に昇任したばかりの沈金龍司令員の上には、多くの序列上位者がいたということである。序列を大きく飛び越したのだ。

中国には、中国人民解放軍将校階級条例があり、「階級の高い将校は階級の低い将校より上位である。階級の高い将校が、職務上、階級の低い将校に隷属する場合は、職位の高いものが上位である」という規定がある [vii] ため、沈金龍中将が海軍のトップになることについての法的根拠も存在するが、軍事組織としては、やはり異例である。

沈金龍中将より上位の者に、習近平主席が、能力的あるいは政治的に、海軍を任せられると信頼できる者がいなかったという意味でもある。沈金龍中将の海軍司令員就任は、人民解放軍内に、江沢民派と見做される高級将校が残っていることを示唆するものなのだ。

しかし、今回の海軍司令員交代が示すのは、中国国内政治ゲームの存在だけではない。沈金龍中将は、南海艦隊司令員から直接、海軍司令員に抜擢されている。呉勝利上将も、南海艦隊司令員経験者だ。

中国海軍の南シナ海重視の姿勢は、各艦隊司令員等の人事を見れば、より明らかになる。海軍司令員の交代とほぼ時を同じくして、中国三大艦隊の司令員も全て交代した。海軍の上級指揮官を一斉に交代させたのだ。

ここでも注目すべきは、南海艦隊と南部戦区である。沈金龍中将の後任として南海艦隊司令員となった王海中将は、海軍副司令員からの異動であるが、それ以前に、南海艦隊で長期の勤務経験がある。王海中将は、生粋の水上艦艇乗りだ。中国では、王海中将の南海艦隊への回帰は、南シナ海の戦略的重要性の現れだと評されている [viii]

さらに、慣例を破った人事は、北海艦隊司令員であった袁誉柏中将が、南部戦区司令員に昇格したことである。これまで、大軍区司令員は全て陸軍が占めており、海軍三大艦隊の司令員は、空軍の将校とともに大軍区の副司令員を務めるのが通例であった。南部戦区では、海軍の役割が重視されることを意味している。

2017年1月の海軍指導部一斉入れ替えは、中国指導部が、南シナ海において米海軍と衝突する可能性を危惧していることを示唆している。

3.発展を加速する理由

しかし、中国初の国産空母そのものは、急ごしらえの感が否めない。外観は、スキージャンプ甲板を備え、全体として、訓練艦「遼寧」に改良を施した程度という印象を与える。中国メディアも、中国軍事専門家の分析として、「『遼寧』をモデルにして建造されている」と報じている。 一方で、同専門家は、「『遼寧』よりも艦橋が小さく、飛行甲板を広くして、より多くの艦載機を搭載できる」としている。中国国防部の報道官も、「多くの面で改善と向上が見られる」と述べる [ix]

中国海軍が、要求どおりの空母を建造できたかどうかには疑問が残る。それでも中国が空母の建造を急ぐのは、中国に対して軍事力を行使させないための米国への牽制と、中東等における中国の軍事プレゼンスの誇示が必要だと考えるからである。こうした海軍に対する海外展開の要求は、海軍の艦艇建造や行動に無理を強いている。

2月10日(日本時間)に行われたトランプ大統領と習近平主席の電話会談 [x] の後、中国の研究者たちに余裕が見えるようになった。中国は、米国と取引ができるという確証を得たのだと考えらえる。国内政治のパワーゲームを有利に進めるためにも、習近平指導部は米国に対して弱腰ととられるような譲歩はできず、具体的な取引を引き延ばそうとするだろう。

しかし、それは、トランプ政権がいつ不満を爆発させるかわからないということでもある。中国は、トランプ大統領の対中政策によって、海軍の活動拡大を加速しなければならない。こうした時期に、国防予算が思うように伸びないことは、多くの予算配分を受けている海軍にとっても辛いだろう。

4.人民解放軍にくすぶる不満

さらに、人民解放軍には、別の不満の理由もある。人件費の増大によって、国防費の伸びを必ずしも武器装備品に充てられないからだ。最近、改めて、退役軍人のデモが目立つようになってきた。退役後の生活苦による抗議だが、現役の軍人にとって、退役軍人は明日の自分の姿である。

2017年2月23日、退役軍人たちが再び北京に集合し、中央規律検査委員会及び中央軍事委員会の建物の前でデモを行った [xi] 。2月17日には、湖南省規律検査委員会の建物の前で、500名の退役軍人が待遇改善を求めて抗議を行った [xii] 。四川省、山東省、陝西省でも、同時期に退役軍人がデモを行っている。

これら退役軍人のデモについては、中央(習近平政権)に反対する地方政府の関与があるのではないかとさえ言われるが、そのように評されること自体、習近平主席の権力掌握が思うように進んでいないことを示している [xiii]

危機感を抱いた党中央は、軍人の給与を大幅に引き上げている。2016年1月、例えば、小隊長である陸軍少尉の月給は約3,000人民元(約50,000円)となり、2015年以前の給与に比較して50。佐官(上級大佐、大佐、中佐、少佐)の月給は約5,000~6,000人民元(約83,000~100,000円)である [xiv]

2015年の段階では、海軍、空軍、第二砲兵(ロケット軍)将校の収入は、陸軍の約2倍になるとしていた。計画では陸軍の給与は抑え込まれていたが、陸軍の反発があったのか、実際には、陸海空軍の給与はほぼ同一とされた。兵士の手当は300人民元(約5,000円)に増加され、下士官の給与は一律50%増加された。

2017年の軍人の給与は、さらに増額されている。尉官及び佐官、将官の給与は全て、2016年に比較して約1,000人民元増額され、尉官は4,500~4,800人民元(約75,000~80,000円)に、佐官は5,200~8,800人民元(85,000~145,000円)、将官は8,800~22,000人民元(約140,000~370,000円)となった。兵士の手当は480人民元(約8,000円)に増額され、下士官の給与は一律40%増額されている [xv]

中国の軍人は、退役後、現役時代の給与の80%の手当が支給されることから、現在、現役でいる軍人は、退役後に支給される手当も増額されたということである。現役軍人の不満は、党中央にとって危険なのだ。中国国内の政治ゲームも絡んで、中国国防費に占める人件費の割合は膨らみ続けている。

おわりに

しかし、人民解放軍が不満を持つ国防費であっても、それだけで中国の軍備増強が減速すると判断することも適切ではない。中国には、国防費に含まれない軍事予算があると言われるからだ。また、中国では、以前の指導者が行った指示を覆すことは容易ではない。人民解放軍の発展戦略も、何としても成し遂げようとするだろう。中国の軍事力増強を理解するためには、数字だけでなく、人民解放軍の軍備の状況や軍内の不満を観察し続ける必要がある。

[i] 「【中国全人代】国防費7%増、初の1兆元突破へ トランプ政権に対抗の声 成長率上回る高水準維持」『産経ニュース』2017年3月4日、 http://www.sankei.com/world/news/170304/wor1703040053-n1.html

[ii] 例えば「中国的軍事戦略(中国国防白書2015)」など。

[iii] 「中国初の国産空母、進水へ 2020年までに就役か」『朝日新聞DIGITAL』2017年2月27日、 http://www.asahi.com/articles/ASK2V7DXBK2VUHBI01V.html

[iv] “Trump says U.S. not necessarily bound by 'one China' policy”REUTERS、Dec 12, 2016、 http://www.reuters.com/article/us-usa-trump-china-idUSKBN1400TY

[v] “沈金龍首次以海軍司令員身份出席活動” ≪中華網≫2017年1月20日、 http://military.china.com/important/11132797/20170120/30195417_all.html#page_2

[vi] “呉勝利主政海軍11年在南海問題上屡次強硬表態”≪中華網≫2017年1月21日、 http://military.china.com/important/11132797/20170121/30196905_all.html#page_2

[vii] “中国人民解放軍軍官軍銜条例官”≪中国全国人民代表大会≫、1988年7月1日公布、1994年5月12日改正、 http://www.npc.gov.cn/wxzl/wxzl/2000-12/05/content_4505.htm

[viii] “中国海軍三大艦隊司令員集中換帥 反映一特点”≪中華網≫2017年1月22日、 http://military.china.com/important/11132797/20170122/30199395_all.html#page_2

[ix] “日媒称中国第二艘国産空母已開建:確保島鏈内制海権”≪新華網≫2017年2月28日、 http://news.xinhuanet.com/mil/2017-02/28/c_129498228.htm

[x] 「トランプ氏、「一つの中国」尊重に同意 習氏と電話会談」『朝日新聞DIGITAL』2017年2月10日、 http://digital.asahi.com/articles/ASK2B4DWCK2BUHBI018.html?rm=492

[xi] “逾万老兵一連両日在中紀委大楼外示威維権”≪大紀元≫2017年2月24日、 http://www.epochtimes.com/gb/17/2/23/n8842644.htm

[xii] “湖南500老兵静座要求提高待遇 遭警殴打”≪大紀元≫2017年2月20日、 http://www.epochtimes.com/gb/17/2/20/n8829187.htm

[xiii] 「中国軍改革に水差す「敵対勢力」が存在=軍機関紙」『REUTERS』2016年10月14日、 http://jp.reuters.com/article/china-defence-idJPKCN12E0QE

[xiv] “2015年最新解放軍士官軍銜工資標準一覧表”≪応届卒業生網公務員頻道≫2015年7月27日、 http://gwy.yjbys.com/shizhengshenlun/shishizhengye/430117.html

[xv] “2017年最新中国軍人工資一覧表”≪応届卒業生網≫2016年12月1日、 http://yjbys.com/hr/xinchouguanli/544462.html

    • 元東京財団研究員
    • 小原 凡司
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