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【書評】グローバル課題を解決できない専門家たち

March 31, 2017

評者 浅野貴昭 研究員
【書評】David Kennedy著 "A World of Struggle: How Power, Law, and Expertise Shape Global Political Economy" (Princeton University Press, 2016)

本書は、様々な国際問題に関わる専門家や実務家に光を当て、グローバル・ガバナンスの「知」を司る彼ら自身がいかに権力として作用しているかを批判的に分析している。具体的には、法律家、エコノミスト、官僚や活動家といった人々が分析の対象で、そうした専門家と、彼らが体現する知識、専門性が国際政治経済において果たす役割についての解説書である。

国際秩序の成り立ちにかかわる著作でありながら、世界のパワーバランスや、混沌を秩序へと導くための理念を取り上げているわけではない。シリア難民キャンプで奔走するNPOスタッフや、無人機攻撃の国際法上の是非についてのメモを合衆国大統領に上げる弁護士のエピソードも本書には出てこない。徹頭徹尾、グローバル・ガバナンスに携わる専門家の権力作用についてのドライな解析を提示する理論書の体である。

「知は力なり」という言葉にあるような、知が解法を授けてくれるという楽観は本書にはない。専門家が、問題解決に資する専門知識の提供というベールをまといながら、その実は、個人や所属組織の利益拡大を図っている構図を提示していく。

原題にあるstruggle(争い)とは、世界はありとあらゆるレベルの争いの集積であることを指しており、ややもすると免責されがちな、テクノクラートや専門家、活動家ですら、その例外ではないとする。人道支援や戦争と国際法の関係などに言及しながら著者が提示する絵は、官僚支配や専門家による専制といった批判にとどまらず、むしろフーコー的な「知と権力」観に連なる。専門家は、一定の動機や目的の下に、グローバル課題なるものを定義付け、その処方箋を提示してみせることで、知の体系を築き、現実の問題解決よりも、自らの存在意義の証明をかけた同業者間の争いに乗り出していくのである。

テロ、国境紛争、気候変動、経済格差等々、多種多様な問題に苛まれている中で、世界はなぜ変わることができないのか。果たして、専門家が提示する知は世界が抱える問題への解となるのか、といった問いかけに対して、国際法の専門家である著者は躊躇することなく、否と答える。より良い世界の実現に向けて選択肢が提示される手引き書ではなく、なんとも救いを見いだせない著作である。

著者が描くシステムの中では、内側から世界を変えて見せるのだと切り込んでいくことは、実は既存の体制に取り込まれ、その拡大再生産に手を貸すだけであるし、全くの外野からの改革主義も結局はシステム延命の時間稼ぎにしかならない。このままでは世界は変わらない、という著者自身の焦燥は行間に滲むが、本書が具体的な解決策に踏み込むことはない。

しかし、著者は執拗なまでに専門家と彼らが担う専門知の構造を明るみに出そうと試みている。明らかにすることで、その仕組みを知ることで、次の新しい一歩につながる、という著者の強い意志を感じる点において、実は本書は「知は力なり」という言葉に立ち返っているのである。混沌と秩序が入り交じり、判然としがたい世界の現状の中で、知を政策に、実践に落とし込むとはどういうことなのか、何をよすがに前進すべきなのか、を繰り返し考えさせる本である。

    • 元東京財団研究員
    • 浅野 貴昭
    • 浅野 貴昭

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