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アメリカ大統領権限分析プロジェクト:通商交渉に見るアメリカ大統領権限

February 9, 2017

浅野貴昭 (東京財団研究員)

2017年1月20日、金曜日に就任式を終えたトランプ大統領が、翌週月曜日に行ったのが、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱を指示する、大統領覚書(presidential memorandum)への署名だった。その1週間後には、米国政府は寄託国たるニュージーランドに書簡を送り、アメリカは昨年2月に署名したTPPから離脱し、今後、協定上の義務を負わない旨、正式に通告をした。TPP協定の第30・6条「脱退」の項にある通りの手続きを踏んだことになるが、そもそもTPPの効力がまだ発生していない中での、離脱通告であった。

選挙戦中、トランプ共和党候補が掲げていた政策公約には具体性が乏しいものが多かったが、その中でも相対的に明確であったのが通商政策だった。既存の自由貿易体制が雇用を奪い、アメリカの労働者を苦しめてきたとして、特に北米自由貿易協定(NAFTA)を諸悪の根源とばかりに批判し、その再交渉、場合によっては脱退、そして環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の枠組みからは即時離脱することを公約として掲げていた。

通商交渉をめぐる大統領と議会の権限調整メカニズム

オバマ政権下での移民制度改革や銃規制に見るように、アメリカ政治における党派対立の先鋭化が大統領権限の拡大につながっているのではないか。それは次期政権以降、どのような形で引き継がれるのだろうか、という問いかけが東京財団のアメリカ大統領権限分析プロジェクトが始まったきっかけでもある。さりながら、通商に関しては、憲法上、立法府と執政府の双方に権限が授けられており、関税削減から国内規制緩和まで含む現代の通商交渉の複雑性を踏まえると、現実的には両者間の権限調整が必須であり、一方的な大統領権限の拡大行使はやりにくい、という事情がある。TPP交渉の進め方などを見る限り、従来の三権分立制のあり方からの大きな逸脱とまでいえるような大統領権限の拡大は見られない。この度のトランプ大統領によるTPP離脱も、協定の発効前ということもあり、内外ともに法的な問題が生じることはない。

憲法上、連邦議会には関税を課し、対外通商を規制する権限が与えられている一方で、大統領には対外交渉を担う権限がある。対外交渉を大統領がまとめてきても、貿易協定の実施法という形で連邦議会が立法措置を講じないことには国際合意の効力が発生し得ないことになる。2015年6月に成立した貿易促進権限法は、事前に連邦議会が定めた裁量の範囲内で、大統領が通商交渉を進めるための規定である。大統領が、議会に課された交渉目的を果たし、詳細に定められたスケジュールに則って、交渉の進捗等について議会側と情報共有を図れば、その対価として、連邦議会は貿易協定の諾否を速やかに判断する、という仕組みが確立している。

通商交渉が関税率をめぐる交渉に限られていた時代であれば、一定の幅の中で関税交渉を行うよう、議会が大統領に関税表を渡し、権限委譲を行えば済んでいたが、GATTの下で自由化交渉が重ねられ、非関税措置が交渉の俎上に載せられるようになると、権限調整のメカニズムにも変容が生じた。非関税措置をめぐる国際合意については、国内法上の立法行為なくして手当てはできず、議会もその点に関してはコントロールを維持することを選んだ。同時に、大統領の対外交渉力を担保するためにも、最終合意に至った協定案に対して議会は部分的な修正を求めることなく、迅速な審議プロセスを保証することになった。国際通商のあり方が変化を遂げていく中で、アメリカ政治においても、1934年互恵通商協定法、1974年通商法と順次、通商交渉をめぐる権限調整メカニズムを進化させてきたのである。

しかし、直近のTPP交渉を見ると、自由貿易協定の是非をめぐる党内、党派間対立という環境の中で、交渉を担う大統領側に一連のプロセスからの逸脱がなかったわけでもない。

2015年6月に、8年ぶりに復活した貿易促進権限法ではあるが、米国を含むTPP交渉はすでに2010年3月から始まっていた。従って、交渉開始の対議会通告も事後承認となり、達成すべき交渉目的も、進捗状況についての議会との情報共有にしても、2007年に失効した法律に疑似的に則ることで、オバマ政権はTPP交渉を進めていた。貿易促進権限法が成立した4か月後には交渉が妥結してしまったことに鑑みると、議会としては必ずしも満足いく形でTPP交渉に関与できなかった。

離脱、再交渉と新規交渉の始まり

果たしてオバマ政権は、TPPに関して議会が課した交渉目的を達成し得たのか。議会との情報共有を適切に行ってきたのか。こうした通商交渉権限にまつわる課題については、議会がTPP実施法案を最終的に可決するのか否かで答がでるはずであった。しかし、TPP交渉の妥結は2015年10月までずれ込み、アメリカ大統領選挙のサイクルに巻き込まれたことから、選挙前のTPP承認の可能性はまったくなくなってしまった。

トランプ政権が正式にTPPからの「永久離脱」を通告した今日となっては、当面の焦点は、離脱、再交渉、新規交渉をめぐる大統領権限と議会側との調整作業である。未発効のTPPからの離脱には国際的にも、国内的にも法的な問題は生じないが、今後、混乱が生じるとすれば、NAFTAの再交渉や脱退をめぐって事態が動き始めてからであろう。すでに議会の承認を得て成立した貿易協定の修正、あるいは脱退については、大統領権限に基づく単独行為で済んでしまうのか、或いは議会の関与が不可欠なのかいった点で必ずしも自明ではない。メキシコ、カナダとの再交渉が現実に動き始めれば、大統領も連邦議会も、自らに付与された憲法権限の下で何が可能かを洗い出していくことになる。NAFTA再交渉にあたっては、貿易促進権限法に規定されている一連のプロセスの短縮化を目指す、とトランプ大統領は早速、発言しているが、今のところ、議会側の反応は否定的である。

さらに、トランプ政権が新たに日米、あるいは米英二国間の自由貿易交渉を志向するのであれば、引き続き、貿易促進権限法の規定に則り、議会側の脈を測りながら、通商交渉を進めていくことになる。トランプ政権が手掛ける新規案件が貿易促進権限で守られるのは、オバマ政権がその政治資本を費やして法律を復活させたことの恩恵である。日米FTAとなれば、TPP交渉の成果が基盤となろうが、それでもやはりTPPの修正交渉ではなく、新規交渉の開始として位置づけられるのであろう。トランプ政権は、交渉開始の対議会通告や、情報共有、交渉目的に沿った成果を収めることなどが、議会から求められる。通商政策の政治化が進むにつれ、議会もより深い関与を欲するようになる。日本政府としては、トランプ政権の出方を見つつも、その奥に控えている連邦議会が持つ関心や問題意識について留意することが引き続き大切である。

トランプ政権下の交渉体制はどうなるのか

大統領と連邦議会の権限調整の問題とは別に、トランプ政権における通商交渉体制も今後の懸案の一つである。選挙戦中は、商務省の下に「アメリカン・デスク」なる組織を設け、通商に関連するあらゆる政府機関を統合する、としていたのだが、その後、主張は後退。ホワイトハウス内に、通商政策を統括する国家通商会議が新設されることとなった。米通商代表部(USTR)、財務省、商務省等々、既存の経済官庁の間で成立していた均衡が新たな形に作り替えられる可能性がある。

そして、NAFTA再交渉の指揮を執るのは、商務省長官に指名されているウィルバー・ロス氏(2/9現在、上院未承認)であるとも発表されている。従来、通商政策に関しては、必ずしも大きな役割を果たすことはなかった商務省が果たして、NAFTA再交渉という大役をいかにこなすのか、USTRとの役割分担はどうなるのか。

かつてオバマ政権も、通商やビジネス振興に係る機能を統合し、新たな省の設立を模索したことがあったが、議会側は一顧だにせず、構想は潰えた。現在、共和党が上下両院を押さえているとはいえ、その動向は予断を許さない。TPP離脱にしても、議会共和党指導層はお手並み拝見とばかりに、今後の大統領との協働作業に期待する、と抑制の効いたコメントにとどめている。

早々に日米首脳会談の実現に漕ぎ着けた日本政府が、ポストTPPの対米経済関係をどのように作り上げていくのか。新たな日米経済協議なのか、日米FTA交渉の始まりなのか、新たな経済秩序の行方を占う首脳会談の展開を世界が注視している。

    • 元東京財団研究員
    • 浅野 貴昭
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