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南シナ海問題を巡る日印協力とロシア・ファクター

January 12, 2017

畔蒜泰助 (東京財団 研究員)

我が国がインドとの戦略的な協力関係の構築を目指す上で、冷戦時代以来、軍事技術協力分野を筆頭にインドと極めて緊密な関係にあるロシアとの距離をどう取るべきか?

その一つのヒントはベトナムにあると見ている。

2009年12月、ロシアはベトナムとの間でキロ級潜水艦6隻の売却で合意している。すると、2011年9月、インドがベトナム海軍によるロシア製キロ級潜水艦の操縦訓練を同国のINS Satasvahanaで開始しているのだ。これには若干の説明が必要であろう。

ロシアからキロ級潜水艦を購入したベトナム海軍はその基本的な操縦訓練をロシアのバルト海で受けているが、如何せん、ロシア海軍の潜水艦が主戦場とする北方の海とベトナム海軍が主戦場とする南方の海では海の性質が大きく異なる。その為、ベトナム海軍は、やはり長年ロシア製キロ級潜水艦を運用するインドからより本格的な操縦訓練を受けているのである。

なお、2012年7月27日、ロシアのプーチン大統領は訪ロ中のベトナムのサン大統領とソチで会談し、両国の関係を従来の「戦略関係(Strategic Partnership)」から「包括的戦略関係(Comprehensive Strategic Partnership)」へと格上げすることで合意している。実はその翌28日、同じソチでプーチン大統領を表敬訪問したのが、民主党政権時の玄葉外相だった。更に同年10月、ロシアのパトルシェフ国家安全保障会議書記が初来日しているが、この時、同書記は韓国から日本に入り、ベトナムに立ち寄って、中国には寄らずに帰国している。

前述の通り、ロシアは南シナ海において中国と領土問題を抱えているベトナムにキロ級潜水艦6隻の売却契約を締結している。これに対して、この当時、中国政府は様々なルートを通じてロシアに不満の意を伝えていたという。そんな中でのロシアによるベトナムと日本との関係強化に向けた動きは「ロシアは中国の圧力には屈しない。あくまでの戦略的中立を維持する」との中国政府へのシグナルだったと見てよい。

これら一連のロシアによる東方外交の背景には、2008年秋のリーマンショック後の欧州経済の停滞と中国を筆頭とするアジア経済の急速な回復を目の当たりにしたプーチン・ロシアによる東方リバランス政策があった。プーチン大統領が「21世紀のロシアの発展のベクトルは東方の開発にある」と訴えて、同政策を正式に打ち出したのは、同年12月の年次教書演説でのことである。

もちろん、ロシアにとって東方リバランス政策の最重要の対象国が世界第二位の経済大国で長い国境線を接する中国であることは言うまでもない。だが、中国への過度の傾斜はそれ自体、将来的なリスクをはらむとの考えから、その東方外交政策の多角化を企図している。その対象国がベトナムであり、日本なのである。

また、ロシアにとって、長年、軍事技術分野を筆頭に深い関係にある一方、中国とは国境問題を抱えるなど難しい関係にあるインドもまた、その多角化外交の最重要な対象国といえる。そのインドがベトナム海軍によるロシア製キロ級潜水艦の操縦訓練の施しているというのは注目に値しよう。更に、2015年7月には、ロシアとインドの間で、第三国が保有するロシア製キロ級潜水艦の補修・メンテナンスをインド国内で行う合弁会社を設立することで合意している。

因みに、我が国もベトナムの潜水艦乗組員の能力構築の一環として、潜水病予防の薬の処方について訓練を施している。かくして、南シナ海で中国の対立関係にあるベトナム海軍の能力構築において、ロシア、インド、日本の3カ国の事実上の連携が既に実現しているのである。

ただし、2014年に勃発したウクライナ問題を巡る米露の対立が激化し、我が国もその余波でロシアとの関係強化の流れを一時的に中断させた結果、ここ数年、ロシアは中国との関係を急速に接近させている。それに伴い、2016年9月にはロシア海軍と中国海軍が南シナ海で共同軍事演習を実施するなど、アジア太平洋地域におけるロシアの対中国での戦略的力関係にも微妙な変化が見受けらえる。具体的な例をもう二つ挙げよう。

2016年9月にインドのモディ首相が同国首相としては15年ぶりにベトナムを公式訪問した際に、インドがベトナムへの売却を熱望していたロシア・インドの合弁会社が製造するBrasMos超音速クルーズミサイルについて何ら言及がなされなかった。更に2016年11月には、ベトナム政府がロシアと日本との間で締結していたベトナム国内での原子力発電所の建設契約を白紙撤回すると発表している。

これら2つの出来事は、いずれもベトナム政府の判断である。そう考えると、ベトナムを巡る中国とインド・ロシア・日本の3カ国の綱引きにおいて、前者がより有利な立場を得つつあることを示唆している。

なお、やはり南シナ海問題でかねてより中国と対立関係にあったフィリピンも2016年10月、ドュテルテ大統領が中国を訪問し、米オバマ政権と一線を画し、中国との関係を重視するとの立場を明らかにしている。そして、同大統領はここに来て軍事技術協力を含む安全保障分野ではロシアとの関係強化を目指す意向を明らかにしている。

このタイミングでのロシアとフィリピンとの戦略的関係の強化は一見、前述のようなアジア太平洋地域における中国との戦略的接近の延長線上の出来事と思われる。だが、もし、フィリピンのドュテルテ大統領が対中国との関係で微妙なバランス外交を展開するのであれば、ロシアにとってフィリピンは、ベトナムと同様に対中国での戦略的カードとなり得る。逆にドュテルテ大統領にとって、軍事技術協力分野での中国ではなく、ロシアへの接近は、彼なりの微妙なバランス外交の一環と見るべきかもしれない。

我が国としても、このようなアジア太平洋地域におけるロシアの微妙な戦略外交の特質を十分理解しつつ、ベトナムを巡るインド、日本との事実上の連携関係の方にロシアの軸足を再び傾かせるように、多角的な戦略外交を展開すべきであろう。(了)

    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
    • 畔蒜 泰助
    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

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