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アメリカ大統領権限分析プロジェクト:司法の政治化と選挙戦略

October 18, 2017

松岡 泰(熊本県立大学名誉教授)

トランプ大統領は就任早々、オバマ政権下で任命され在職している連邦検事46人に辞職勧告を出した。連邦検事の総入れ替え自体に目新しさはないが、FBIのコミー長官の解任からも推察できるように、問題はトランプ大統領が新たに任用する連邦検事にどのくらい政治的結果を要求するかである。以下、ホワイトハウスは司法省や司法部の政治任用を利用して、人目につかない領域でどのような選挙対策を行ったかを具体的に見てみよう。

周知のように、大統領は連邦最高裁判所の裁判官を指名する権限を持っている。この人事権の選挙結果への影響力は、2000年の大統領選挙を思い出すだけで十分であろう。共和党のブッシュ(子)候補と民主党のゴア候補は大統領選挙人の争奪戦で大接戦を演じ、フロリダ州で決着がつくことになった。同州では票のリカウントでもめて裁判になり、最終的には連邦最高裁判所がブッシュ(子)候補の勝利を宣言した。連邦裁判所が選挙結果を左右したのである。その際忘れてならないのは、共和党の大統領から任命された共和党の裁判官が多数派意見を形成し、共和党のブッシュを当選させた点である。

大統領は連邦裁判所の裁判官を人選する際、自分が属する政党の司法関係者を指名するのが常である。連邦裁判所の人事は徹底して党派的であり、民主党の大統領は民主党支持者から、共和党の大統領は共和党の支持者から候補者を選んでおり、党派に沿った人事の比率は9割近くに達している。これが、時には選挙の勝敗を決することになる。

ところがブッシュ(子)政権以降、司法の政治化はあらゆる領域に浸透していった。次に、Paul Alexander, Machiavelli’s Shadow : The Rise and Fall of Karl Rove (Modern Times, 2008)に依拠し、ブッシュ(子)政権の次席補佐官で選挙戦略家であったカール・ローブが関与したと思われる事例を紹介しよう。ブッシュ(子)政権下では、司法部門の政治化は州レベルでも進行した。連邦裁判所と並んでアメリカの司法のもう1つの柱である州裁判所の場合、州の有権者が裁判官を選挙で選出するのが一般的で、この種の選挙は伝統的に党派性の出ない静かな選挙であった。しかし一方で、州裁判所では莫大な利権が絡む訴訟が増え、その役割が増大するとともに、選挙資金も増えた。他方、スウィング・ステイトでは僅差で勝敗が決するため、選挙関係のトラブルも多く、州裁判所の裁判官の判断が選挙結果に影響を及ぼすようになった。カール・ローブはその役割の重要性に気づき、政治資金を活用して、州裁判所裁判官の選挙にネガティブ・キャンペーンを導入し、民主党から出馬した候補を攻撃した。

最初に述べたように、連邦検事も政治任用のポストであるため、政権交代時には連邦検事も入れ替わる。ところがブッシュ(子)大統領によって任命された連邦検事8人は、政権2期目に解任された。カール・ローブは、特にスウィング・ステイトでは連邦や州の裁判官を押さえるだけでなく、各州の連邦裁判所の裁判区ごとに配属されている連邦検事を、選挙での共和党への貢献度合いに応じて業績評価を行い、政治的貢献度の低い検事を解任したと言われている。解任を回避しようと思えば、共和党の連邦検事は選挙に出馬する民主党候補の選挙資金や種々の契約内容を多方面から徹底的に調査するだけでなく、選挙期間中に「取調中」とマスコミにリークして民主党候補の社会的信用を傷つけ、時には起訴して実刑判決を勝ち取ることもあったと言われている。また有権者対策としては、無資格の投票者の摘発がある。一般論として黒人とヒスパニックの民主党支持率は高いが、黒人には重罪犯の履歴を持つ人の率が高く、ヒスパニック等の移民にはアメリカ国籍を取得していない比率が高い。とくに保護観察中で選挙資格のない黒人が投票した場合、彼らを起訴し、あわよくば実刑判決を勝ち取ることができれば、黒人コミュニティに投票アレルギーを生み出すことができる。すなわち、カール・ローブは激戦州では候補者同士の選挙キャンペーンとは別の次元で、連邦検事まで動員して、有権者から見えない場外で選挙運動を展開したと言われている。

ホワイトハウスの選挙戦略家が別次元の選挙運動の一環として位置づけているのが、州司法長官と州務長官のポストである。トランプ大統領は就任早々、イスラム圏7ヵ国家からの入国を制限する大統領令を出した。それに対してニューヨーク、カリフォルニアなど15州の司法長官は一斉に大統領令を非難する共同声明を発表し、ワシントン州やハワイ州など数州の司法長官は連邦裁判所に大統領令の無効を求めて提訴した。その際忘れてならないのは、大統領令に反旗を翻した司法長官は野党である民主党の政治家であった点である。州司法長官はこのようにきわめて政治的に行動するだけでなく、捜査権限も有しているので、今や選挙運営の際に無視できないキーパーソンの1人となった。また選挙に影響を与え尚かつ党派性の強いもう1つのポストが、州務長官である。州務長官は州内の選挙管理の責任者として、有権者登録や投票集計を指揮し、当選者の認証も行うからである。2000年の大統領選挙で決戦場となったフロリダ州の場合、州務長官キャサリン・ハリスは大統領選挙の勝敗を決する重要な役割を果たした。ちなみに、彼女の上司はブッシュ候補の弟でフロリダ州知事のジェブ・ブッシュであった。

選挙の直接の関係者と言えば、一般的には候補者と選挙運動を遂行する各種のプロ集団と考えられてきた。しかしブッシュ(子)政権以降になると、選挙には実に多くの関係者(連邦と州の裁判官、検事、司法長官、それに州知事や州務長官など)がいることが明らかになり、ホワイトハウスの選挙戦略家は人事権を行使して関係者をコーディネートし、選挙の舞台装置そのものに手を突っ込んだのである。

カール・ローブがあらゆる種類の選挙に積極的に介入したのは、彼自身が筋金入りの共和党員で、有権者のレベルでも連邦議会のレベルでも共和党の多数派連合を構築しようとしたからである。それに対してオバマ大統領はカリスマ的な能力と組織に依存しない選挙略で当選した結果、中間選挙を含め議員の選挙に関心を示さず、民主党議員から苦情が出たほどであった。トランプ大統領はオバマ以上に個人的な能力で大統領の座を勝ち取り、共和党主流派も敵に回したため、共和党議員との関係は薄い。しかしトランプ大統領は部下に過剰なまでの忠誠を要求し、自らの地盤を守るために政治的な行動を要求する点では、ブッシュ(子)政権のカール・ローブと似ているようである。

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