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【書評】E.H.カーへの回帰

August 31, 2017

評者 小原凡司 研究員
【書評】E.H.カー著、原彬久訳『危機の二十年――理想と現実』(岩波書店、2011)

現在の国際情勢を観察していると、E.H.カーが「危機の二十年」で述べてきたことが、まさに起ころうとしているかのように見える。

「ユートピアとリアリティの対立は、あたかも天秤のように均衡を得ようとして常に揺れており、決して完全にはこの均衡に達することはないのである」という言葉は、改めてユートピアニズムからリアリズムへの揺り戻しが起ころうとしている現在の国際情勢を見通していたかのようだ。

欧米諸国で勢いをもち始めた保護主義的傾向は、「利益調和説」の欠陥を示すものである。国際社会における「調和」は、各国に犠牲を強いるからこそ成り立っている。しかも、各国は必ずしも自発的に犠牲を受け入れているわけではない。軍事力に勝る支配国家群によって行使される権力によって、犠牲を払わざるを得ない状況も存在する。

「利益調和説」は、自国の利益と国際社会の利益が一致するのだと主張して自らの優位を護ろうとする支配集団のイデオロギーだとも言われる。このイデオロギーに毒されている限り、不満国家の行動を客観的に理解することは難しい。

「自由貿易」が進められる現在、経済的分野における競争は、生物学的自然法則と同様、弱者の犠牲の上に成り立つ強者の生存を意味する。欧米先進諸国が繁栄し、世界経済が発展してきたのは、欧米先進諸国が生存競争に勝ち残るパワーを行使し、弱者を犠牲にしてきた過程に他ならないのである。

弱者の不満は強者に顧みられることが少ない。しかし、「犠牲を強いられた」と認識する大国が経済的に台頭し、不満を解消しようと試みれば、国際社会はこれを無視することができなくなる。そして、これまでの強者は、国際秩序に対する挑戦が行われていると感じるのだ。

2017年4月の「一帯一路」に関する国際会議で、中国が、あたかも自由貿易の旗手であるかのような発言をしたのは、中国が強者として振る舞い始めたことを示している。「自由は強者の楽園」なのだ。一方で、これまで国際秩序を主導してきた米国は、トランプ大統領の下で、アメリカ・ファーストを掲げ、保護主義的ともとれる経済政策を主張し始めた。米国が、弱者として振る舞い始めたのである。

米国が、中国による国際秩序の変更を許容せず、これを抑え込もうとすれば、中国は米国とのパワーのバランスを考えて行動を選択しなければならない。自らの不満を解消して、自らが「公正」だと考える秩序を実現しようとするのであれば、中国が軍事力を増強するのは当然のことだとも言える。

歴史の中で起こったことを繰り返さず、戦争を避けることができるのか。どのように振る舞えば、戦争を回避できるのか。E.H.カーの言葉は、現在でも示唆に富む。

現在の国際社会では、「議論を通じた問題解決」が掲げられ、国際法に則った行動と議論を各国に求めている。しかし、E.H.カーは、「政治的」紛争に対する司法手続きは不適当であると言う。法的に問題を解決するということは、紛争当事者の間の権力格差が無視され、同等に扱われることを意味するが、国際社会において、権力の影響が無視されることはない。さらに、自己の生存のためという目的は、国際的な約束に対して優位であるという考え方も根強く残っている。

「根本的に現実を否定できる可能性を信じる」ユートピアニズムは、「何をなすべきか」を重視するあまり、「何が存在するか」という現実を無視しがちである。このユートピアニズムと、「自分では変えられないあらかじめ決まっている発展過程を分析する」リアリズムは、常に批判しながら発展してきた。

それでも、現在の国際情勢は、戦争をいかに回避するかについて、人類がまだ解決策を見出せていないことを示している。E.H.カーは、「道義」を無視したリアリズムは、人間が行う政治を分析する理論としては不完全だと言う。「善」も「悪」も併せもつ人間が、現実を理解したうえで、平和を達成するという目的に向けた努力をしなければならないのだ。

国際関係を勉強した人なら必ず読んでいるであろう『危機の二十年』だが、大きな変化の中にある国際社会において日本がどのように生きていくのか、今一度、E.H.カーの言葉を追いながら考えることには意味があるように思える。

    • 元東京財団研究員
    • 小原 凡司
    • 小原 凡司

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