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【書評】「帝国日本の植民地法制 法域統合と帝国秩序」浅野豊美著

November 17, 2008

評者:千葉 功(昭和女子大学人間文化学部歴史文化学科准教授)


本書の概要
1990年代後半から論文を精力的に発表されてきた浅野豊美氏が今までの研究を一書にまとめたのが本書である。本書は「帝国法制」の起源と展開を「植民地版条約改正」過程の分析を糸口にして明らかにしようとするものだが、その際、特に法的概念として「法域」と「属人法」に注目する点が斬新的である。まず本書の内容を簡単に要約しておこう。

第I編では台湾における条約改正問題と法制度整備を扱うことによって、帝国法制の起源を探っている。同時代的に進められていた改正新条約を台湾でも施行するかをめぐって、御雇い外国人の中でも、賛成するデニソンと反対するカークードで立場が分かれたが、前者は属人主義法制を原則とし、後者は属地主義法制を原則に考えていた。そして、第3次伊藤博文内閣の閣僚はカークードに対し冷ややかであり、伊藤の法律ブレーン梅謙次郎(法制局長官)も治外法権制度をモデルに台湾でも憲法が部分的に施行されると主張、デニソン的な属人法を支持したという。

第II編は、伊藤博文(韓国統監)が抱く属地的法制を前提とした日韓協同の自治構想に着目して、そこに帝国法制の決定的転換の可能性を見るものである。伊藤のアプローチは工業所有権をめぐる部分的治外法権廃止構想として表れ、それも対象を工業所有権から土地へと拡大するつもりだった。また、伊藤や曾禰荒助(副統監)は韓国における「富強ノ実」が達成されるときには日本の保護は撤廃され、韓国は独立国として自主的に日本の友邦となることを夢見ていたという。しかし、地域主義的結合をもたらしたはずの日韓協同による自治構想という伊藤のアプローチは、韓国の抵抗ナショナリズムによる批判と、日本の膨張的ナショナリズムに依拠する併合主義者によって挟撃され、挫折したのである。

次に、第Ⅲ編は、帝国内の各「法域」を連絡した「共通法」(1918年)を分析したものである。共通法は、属人法の原理を組み込んだ帝国法制を国民国家の法制と矛盾なく接合するための、帝国秩序と国際秩序を媒介した法令であった。

続く第IV編は、国籍法制定構想が在満日本人の二重国籍問題に直面して行き詰まるなか行われた、「満洲国」における治外法権廃止問題を扱っている。結局、日本は日満間条約で治外法権廃止に同意したが、在満日本人の反発もあって日本人に関する属人的な神社・教育・兵事行政権が除外・留保された。結局、国籍法に代わって「暫行民籍法」が制定されたが、それは住民登録に類似したものに終わったのである。

第V編では、太平洋戦争最末期における朝鮮・台湾の政治処遇改善問題を扱っている。内務省が小磯国昭首相に押し切られる形で、衆議院議員選挙法が改正されて、制限選挙ながら朝鮮・台湾住民に参政権が付与された。しかし、総督府の総合行政権と内地から分離された司法制度はほとんど現状のままであって、内地延長の実行は「漸進主義」の論理によって換骨奪胎されてしまった。

最後の第VI編は、帝国法制上に存在していたヒトとモノの帝国解体後の行方を論じる。引揚者たちは帝国的民主主義との結合という伝統を引きずりつつ、自らの「政治的性格」を明らかにせよと要求して、在外私有財産補償問題で国内世論を喚起しようとした。しかし、在外資産の清算を賠償総額の減額と戦争に由来する一切の請求権の相殺へと結びつけようとする日本政府は、彼らの声を封じてしまった。このように植民地の総合的評価の問題に政治的なフタがなされたことが、今日において様々な問題をもたらしているという。

本書の意義
次に評者が関心を抱いた点に引き寄せて、本書の意義を述べていきたい。

1990年前後から植民地ないし帝国に関する研究が活性化し、各国史や各分野史から参入するものが相次いだ。しかしながら、植民地ないし帝国全体を包括的にみる視座としては貿易や植民地官僚の移動などの例外を除いて、ほとんどないのが現状といえよう。本書は帝国法制に焦点をあてて大日本帝国の全体構造に関する見取り図を初めて提供しようとする、チャレンジングなものなのである。

また、本書は時期的にも、台湾領有による日本の帝国化から始まって、戦後日本における帝国処理の問題まで広範囲をカバーしている。そのため、史料的にも博捜している。この超ミクロの視点で史料調査・分析を行いつつ、超マクロの視点で概念を抽出するところに本書の魅力があるといえよう。

浅野氏は第?編においてフランス的な内地延長主義が属人主義法制と、イギリス的な特別統治主義が属地主義法制と、それぞれ親和的であると示唆されている点が興味深い。属人主義法制が内地延長主義の、属地主義法制が特別統治主義の極端さを薄める役割を果したと考えられる。このような補助線を導入することによって、特別統治主義といいながら植民地住民を同化したり、内地延長主義といいながら植民地住民を差別したりする、理念型と現実との差異をうまく埋め合わせることが可能になると思う。

第IV編では治外法権撤廃問題を国籍法制定問題との連関の中で分析しており、説得性が高い。第?編を見る限り、結局日本が「満洲人の満洲国」、すなわち満洲国の国民形成よりも、「日本人の満洲国」、すなわち帝国秩序の拡大を選択したのは明らかである。そして続く第V編においても、大日本「帝国」そのものが消滅の危機にさらされていた太平洋戦争最末期においても、朝鮮・台湾への参政権付与が制限的で、かつ総督府統治制度の廃止や司法制度の分離からはほど遠い「政治処遇改善」が行われたように、完全なる内地延長主義の実行がいかに困難であったかをうかがわせる。結局、日本は「帝国」を引き受ける真の覚悟も度量もなかったのかもしれない。

浅野氏は第VI編で、戦後において国家と社会の双方において帝国的なものを残存させていたことをもって、「折りたたまれた帝国」と表現する。日本が実は「折りたたまれた帝国」だったと認識せずに、国民国家として再出発したと思い込むことは、歴史認識や引揚者の在外私有財産請求などの諸問題に目を閉ざすことなのであろう。そのような意味で、現在の日本国家や社会を取り巻く問題を剔抉する優れた概念付与を行ったといえよう。

2つの疑問点
以上簡単に本書の意義や魅力を述べたが、いかなる名著も疑問や批判から無関係ではいられない。よって、本書に関して評者が抱いた疑問点を2つ、あえて提示してみたい。

1つめは疑問点というよりも、むしろ要望である。それは、第1次世界大戦直後の、新に民族自決主義が高唱された時期において、帝国の再編がどのように行われ、また行われなかったかについての著者の考えが、部分的な示唆にとどまっている点である。これについてより敷衍的に説明してほしいとの気持ちが高まるのである。

もう1つの疑問点は、伊藤博文の構想に帝国法制を決定的に転換させうる未発の地域的統合の可能性を見、伊藤構想の破綻に帝国膨張を決定付けた重要な歴史の分岐点を見る第?編の位置づけについてである。この第?編はきわめてポレミカルな主張であり、これから論争が巻き起こる可能性が高いものと考えられる。評者としても、未発の可能性として伊藤構想を強調しすぎることには違和感がある。

確かに伊藤は属地的法制を前提とした日韓協同の自治構想を唱えたかもしれないが、それは衛生や火災予防といった属人的法制では対処できない分野だったからではなかろうか。また、工業所有権分野での部分的治外法権廃止問題をめぐる政治的対立関係が浅野氏の描く通りだとしても、同問題が統監政治に占めるウェイトを勘案するべきではなかろうか。さらに、江木翼の主張に見られるように、韓国における治外法権撤廃に尽力することは、将来における韓国の独立を念願していたことを即意味するものではないのではなかろうか。

以上、本書の意義を説明し、あえて疑問点も提示してみたが、本書が大日本帝国の全体構造に関する見取り図を初めて提供しようとするチャレンジングなものであり、その試みのほとんどにおいて成功したことはまちがいない。本書は帝国研究のメルクマールとなる文献であって、帝国研究に関心のある全ての人にとって必読の書なのである。

    • 政治外交検証研究会メンバー/学習院大学文学部史学科教授
    • 千葉 功
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